Chapter 6 大好きなあなたへ

 高い時計台の影が歩道の全体に伸びていて、もう日が沈む時間なんだと認識させられた。

 私たちは、レンガ舗装の大通りを並んで歩いていた。


 占い屋に向かっていた数時間前にも、この四人で通った道。けれどもそのときのようにお喋りはしないくらいに、距離を空けた歩き。


 一緒に帰っているのか、たまたま方向が同じで近くにいるだけなのか、どちらとも言い難い中でルゥナは、「私、すっかり信じちゃってた」とこぼした。


「ああいうのに弱いっていうか、つい夢を見ちゃうんだよね……。そんなの、あるわけないのに……。……いい加減、現実見なきゃだよね……」

「いいじゃない。あなたは今のままで」


 私は彼女の言葉が全部地面に落ちてしまう前に、そう言った。


「あなたって、魅力に溢れているもの。だから今のままでいいじゃない」

「……そうかしら」

「そうよ。だって、あなたをよく知る幼馴染から教えられたもの。あなたは明るくて、優しくて、面白い、とってもいい子だって」

「……幼馴染って、まさかシェリルのこと?」


 ルゥナは私を挟んで左横にいる、うさぎのぬいぐるみを抱えた少女を見やった。


 彼女はサイドに垂らした三つ編みに顔を隠したけれど、じっくりと時間をかけてルゥナのほうに首をひねった。


「私のこと、そんなふうに話してたの?」

 頷くシェリルの姿はぎこちなくて、棚の奥に眠っている壊れかけの人形を思い出させる。


 なんとか顔を上げて、彼女は「あ、あのね」と小鳥のような声を聞かせてくれた。


「ルゥナといると、好きなものに夢中になっていいんだって思えるの。私はいつまで経ってもぬいぐるみが手放せなくて、それが恥ずかしくもあるんだけど……ルゥナと一緒なら、そんなこと全然考えないの。……ぬいぐるみを好きなままでいられるの。だから私は、本当に……ルゥナって素敵だなって、思ってる……」


 後半の部分は少し聞こえづらかったけれど、それでもシェリルは言い切った。そのためにどれだけの勇気を振り絞ったのかは、真っ赤になった彼女の顔を見ていれば分かる。


 そんなシェリルに向かって、ルゥナは電光石火の勢いで飛びついた。


「えっ!? な、何……?」

「なぁんていい子なのよぉ! 大好き!」


 シェリルとルゥナと、それからうさぎちゃんもべったりとくっついていて、彼女たちは一つの大きなボールみたいになっている。

 周囲の目なんて気にしないルゥナのハグ攻撃を、シェリルはひたすら喰らい続けていた。けれど私は、それに救いの手を差し伸べようとはしない。


 だってどう見ても、シェリルが嬉しそうなんだもの。


 急に何を思ったのか、ロッティが天に拳を掲げた。


「そうだよ。ミス・ライラックはそうじゃなかったってだけで、世の中に本物の魔法使いがいないって決まったわけじゃないもん。いずれ絶対に、探し出してやるんだから!」


 誰かに宣言でもしているような熱量の大きさに、私たちは一斉になって吹き出した。


 ああ、さっきお喋りをしなかった無言の時間が惜しい。みんなで話し始めたら、こんなにも心が晴れるのに。


 大通りに沿って流れる川に木の葉が落ちると同時に、ロッティのリボンが風になびいた。

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Ribbon chocolate 3 ~花占い師のお告げ~ 杏藤京子 @ap-cot

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