Chapter 5 対決

「あのぉ、質問してもいいですかぁ? 大丈夫です、今度はお花の妖精かなんて聞きませんよ」


 話しかけたロッティは未就学児の子を相手にするように、朗らかさをマックスまで引き出している。あなたに敵意なんてありませんよ、だから仲良くしましょう、とでも言いたげな素振りだわ。


「ええ、構いませんわ」

「ありがとうございます。えっとですね、質問っていうのは……」


 彼女は机に両手を置いて、前かがみの姿勢でミス・ライラックに尋ねた。


「私たちのぐらいの子どもを騙すのって、簡単ですか?」と……。


 その瞬間、ミス・ライラックの眉間に数ミリだけしわが刻まれた。そばにいるルゥナとシェリルは、呼吸の仕方を忘れたようにフリーズしている。


「たぶん、そんなに難しいことじゃないですよね。アメリアに対してだって、余裕しゃくしゃくって感じだったし」

「アメリア? ああ、さきほどのお嬢様のことかしら。……騙すだなんて無粋な真似、するはずがないじゃありませんの。ほら、初めてお会いした彼女の性格を言い当てて見せたでしょう? あれは花の力を使って、あの方の心を読んだからこそですのよ」

「本当にぃ? 私、それちょっと疑ってるんです。だってあなたがアメリアと出会ったのは今日が初めてでも、鑑定の前に彼女に関する情報を集めることはできましたよね?」

「ちょっと、ちょっと! ……どうしちゃったの?」


 一歩も引かず話し続けるロッティに、ルゥナがストップをかけた。ようやく呼吸の仕方を思い出したみたい。


「疑うなんて失礼じゃない。いきなり何を言いだすのよ? 彼女をこんなに困らせて──わわっ!?」

 私はルゥナの両脇に手を入れて、彼女がロッティに詰め寄ることができないように体を抑えた。


 悪いとは思っている。でも、こうするしか方法がないの。


「ルゥナ、ロッティの話を聞いてあげて。彼女の話は、絶対に無駄にならないから」


 こんなに強く本音で訴える経験は、もう二度とやって来ないかもしれない。そう直感するくらいのストレートな気持ちを、彼女にぶつけた。


 私とアイコンタクトを交わしてから、ロッティはまた話し始めた。


「さっきの続きですけど、あなたは鑑定前に、アメリアの人物像を掴むことができたはずです。……私、あなたに最初に質問しましたよねぇ。お姉さんってお花の妖精なんですかーって。あのとき、アメリアは私の口を真っ先に抑えに来ました。それを見て、礼節をわきまえた子なんだなぁって推測したんでしょう? それに、頭にリボンを飾っている私や、大きなヘアピンを付けたルゥナや、ぬいぐるみを抱えたシェリルとは違って、アメリアは何のアクセサリーも身につけていない。制服だって着崩してないし、ヨレヨレだったり、汚れたりもしていない」


 ……そう言えばこのスカートも、おとといアイロンをかけたばかりだわ。


「そのスタイルから、学校でも真面目なタイプなんだろうなって予想がつきますよね。だからあなたはこんなふうに態度とか、行動とか、服装で、今日初めて会ったアメリアの性格を言い当てることができたんです」


 違いません? と、ロッティは目を細めてミス・ライラックに視線を送った。


「……確かに、そうお考えになっても無理はありませんわ。ですが、わたくしは彼女の性格だけでなく、彼女が四種類の花からどれを選んだのかも的中させたでしょう。あれは完全に、隠されていたじゃありませんの……。さぁ、お次のお嬢様を占って差し上げないといけませんから、もうこのあたりで……」

「そうですねぇ。じゃあルゥナの前に、先に私を占ってくれませんか。アメリアとおんなじ、無料コースの『花の道占い』で。……ああ、でも」


 ロッティは顔の横で両手を大きく開いた。彼女の白い指が、ピアノ奏者のように細かく動いている。


「私、毎晩寝る前にハンドクリームを塗るくらい、綺麗な手を目指しているんです。だから、バラやアザミのトゲを全部抜いてくれませんか? 手を傷つけないために」


 彼女の発言でまた、ミス・ライラックの眉間にしわができた。しかも今度は数ミリなんて程度じゃない。それは谷底のように深く、刻まれている。


 なんでそんな注文をするのかしら、と少し考え、私は「あっ」と声を上げた。


「バラは茎にトゲがある……アザミは葉にトゲがある……マーガレットやチューリップにはトゲがない……それがどの花を選んだのかのヒントになるのね……?」

「そういうこと」と返事をしたロッティの頬が、嬉しそうにゆるんでいる。


「木箱の中から花を選んだ後、それを白い布でくるんでくださいって指示でしたね。鑑定される側の人間からしたら、布でくるんでいるあいだは木箱の蓋で手元が隠されているから、あなたに何の花を選んだのか見えていないって思っちゃいます。それにその後の、胸の前に持ってきて『私の選んだ道を教えてください』って言うときには、花は布で全部覆われている。だからここでもやっぱり、何を選んだのかバレていないって心理になっちゃうんですよねぇ。……でもあなたは、相手の選択を読むことができたんです。……花を持つ手の動きを観察することでね」


 場の空気が引き締まり、お腹の中で冷たいものを投げ込まれた感覚になった。


「トゲのあるバラやアザミを持とうとしたら、どうしてもこわごわした手つきになってしまいます。刺さったら危ないんですもん。ぎゅっと力強く握りしめるなんてもってのほか。だから蓋で隠されていようと、布で覆われていようと……手つきがこわごわしていたら、持っているのはバラかアザミ。平気そうだったらマーガレットかチューリップって絞り込めるんです」


 私の目には、ロッティとミス・ライラックが静かな戦いを繰り広げているように見えた。

 まさか花じゃなくて手を見ていたなんて、鑑定される側はなかなか気づけないわ。


「アメリアの場合は手の動きからして、バラかアザミのどっちかだと見当をつけたんですよね。そしたら、あとは会話の中で一択に決まるまで探っていけばいいだけです。あなたが言っていた『赤の系統の色』ってのも、『春から初夏にかけて開花する』ってのも、どっちにも当てはまることですよ。バラだって確信したのは、アメリアのママがプロポーズで花束を貰ったって話を聞いたときでしょう? 愛の象徴と言えば、バラだから……」


 腰に手を当てたロッティはミス・ライラックを見下ろしながら、「そうやって繋ぎ合わせた情報から、それらしいお告げを言っていたんじゃないかなぁって思うんですけど、どうですか?」と言った。


 ロッティのただならぬ気迫が、今も出ている。それに、ミス・ライラックのほうも……。


 ミス・ライラックのベールの奥の表情が、なんだか無機質なものに感じられた。


 彼女は細くて長いため息をつき、それから口を開いた。


「……わたくしは、信仰心のある方を救いたいと考えておりますの。花の力を信じられないというのであれば、お帰り頂いてよろしくて……?」

「そーですか、分かりました。ねぇルゥナ、どう思う?」


 話しかけられると思っていなかったんでしょうね。ルゥナは振り返ったロッティに尋ねられて、小さく驚いていた。


「……私……は……」


 ルゥナの顔はもう笑っていなくて、その目は下に向いている。

「……ごめんなさい。……ちょっと、信じられないです」

 それが、私たちがその場から撤収する合図になった。

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