Chapter 4 魔法か、それとも……

「これから始めるのは、『花の道占い』ですわ。……こんな話をご存じかしら……魔法使いの弟子の少女が迷子になってしまい、お家に帰れなくなってしまいましたの。


 彼女の目の前には四つの枝分かれした道があり、道の脇にはそれぞれ、違う種類の花が咲いていました。彼女はその中から直感で一つの花を選び、それが咲いている道を進んでいって、無事にお家へ帰ることができたのです……。


 ……しかし、この話はここで終わりではありませんわ。弟子がさっきの出来事を魔法使いにお話しすると、彼は『その花はわしが用意したものだ』と言ったのです。


 彼は弟子が家まで辿り着けるように、花畑──つまり四つの枝分かれした道のところ──に、人を正しき未来へと導く魔法をかけていたんですの。けれどもこの魔法は、少女が一人で決断しようとしなければ、発動しない魔法だったんですって……。


 ……そして『花の道占い』は、このお話にちなんだ術ですのよ」


 ミス・ライラックは、木箱の蓋に右手を置いた。


「この箱の中には、四種の花が入っておりますわ。そのうちのどれか一つを、あなたの直感で選んでくださいまし。ただし、わたくしに、どれを選んだのかはご報告しないでいただきたいのです……。お話の少女は一人で花を決め、そして一人でその道を進んだでしょう? ですからそれになぞらえて、何もご報告なさらないでくださいね……。では、箱を開けてくださいまし」


 ……既にこの数十秒で、彼女のミステリアスなオーラに飲み込まれてしまいそうだわ。

 私は木箱のロックに手をかけて、指先に力をかけながら蓋を持ち上げた。


 箱の中には折り畳まれた艶やかな白地の布があり、その隣に四本の花が横たえられていた。


「深紅のバラ、オレンジのマーガレット、濃いピンクのアザミ、黄色のチューリップをご用意しておりますわ。さあ、どれを選ぶか心の中で決めてくださる……」


 一番奥にあるバラは刺々しい体をしているのに、花びらのらせんが究極的に美しくて、そこには色気が漂っていた。その次のマーガレットは、ビタミンカラーと全体的な丸っこさから、若々しい印象を受けるわ。そうね、バラが妖艶なお姉さんなら、マーガレットは快活なティーンエイジャーよ。


 アザミにはそのどちらとも異なる、繊細さと高潔さがあるわ。細い花弁で集まって、自分を大きく見せている。そしてむやみに触ってくる人は、鋭い葉で容赦なく傷つける。


 そう考えると、手前にあるチューリップはこの中で一番優しい子かも。シンプルな見た目だからこその、親しみやすい雰囲気が感じられた。


 ……そうね。真っ先に目についた、バラを選ぼうかしら。


「はい。決めました」

「では選んだ花を、そこの白い布でくるんでくださいまし。わたくしからは見えないように、全体を包むのですよ……」


 私は黙って布を手に取り、クレープを作るようにバラに巻き付けた。直角に開いたままの木箱の蓋が壁になって、私の手元をミス・ライラックから隠していた。

 そして、一輪のブーケができあがる。


「完成しましたら、それを両手で胸の前で持って、こう言うのです……。私の選んだ花の道を教えてください、と……」


 彼女に言われた通りに、私は動く。


 みんなの注目がすべて、私の一挙手一投足に集まっているわ。理科室でカエルを観察したことがあるけれど、あの子もこんな気持ちだったのかもしれない。何をするにも、妙に気を遣ってしまうって感じ。


「……私の選んだ花の道を、教えてください……」

「はい、結構でございますわ。それでは、木箱の中に花を戻していただいて……。これよりわたくしが、お嬢様の道を拝見いたしますわ」


 そう言ってミス・ライラックは、ピンクの指輪を右の人差し指にはめた。

 彼女は閉じられた木箱の蓋の上で、その指を静かに滑らせていった。それは蓋に何かの紋様でも書いているような、不規則で、複雑で、謎に満ちた動き……。


「あなたは秩序を重んじる性格ですのね」


 突然、彼女の指が蓋の真ん中で止まった。


「誰に対しても失礼がないように振る舞い……ルールは絶対に破らない……公正と勤勉の人……そうじゃなくって……?」

「た、確かにそうかも……」

「けれどその性格のせいで、自身の行動を縛りすぎているようですわね」


 彼女の言葉に、思わず目を見開いてしまった。

 それは私の、昔からの癖だわ。


「そしてあなたの選択した花には……暖色……そうですわね、赤の系統の色が見えます……。そして五月から六月の、春から初夏にかけて開花する……」


 彼女の声はまるで森の中で響くハープの演奏で、欲しいと感じる部分にちょうど良く音が入ってくる。


 ……赤は、バラの花びらの色。そしてバラは、五月から六月が見頃と言われている。

 隠していたのに……この人には、私がバラを選んだことが見えているの……?


「無意識かもしれませんが、あなたはこの花の力を求めているんですのよ……。この花に関して、何か思い入れがありまして……?」

「そんな、特には……。……あっ、でも、母がプロポーズのときに貰ったのがその花束だったって話を、聞いたことがあります」

「なるほど……。あなたはお母様のように、素敵なパートナーに巡り合える運命を望んでいるんですわ」


 ……なんだか頭の中で、小さな爆発が連続して起こっているみたい。


「あなたがこれから進むのは、善と秩序の道でございます。それはあなたにとても適した将来だけれど、精神的な自由は得られないかもしれません……。……一度、衝動に身を任せてごらんなさって。あなたは五月から六月にかけて、素晴らしいパートナーと巡り合いますわ。そのとき、内なる欲望に身を任せることで、幸福が得られるはずですわよ……」


 ミス・ライラックは木箱に向かって一礼をし、指輪を外した。


「以上が、バラを選んだあなたへのお告げでございます」

「……すっごーい! めちゃくちゃかっこよかったです! ねぇアメリア、素晴らしいパートナーに出会えるらしいじゃない。よかったわね!」


 応援しているチームの優勝が決まったスポーツファンのごとく、ルゥナは何度も飛び上がっている。少しだけ彼女のテンションに合わせて笑ったあと、私はロッティに小声で話しかけた。


「……今の、どう思う?」

「彼女、全部を見透かしているみたいだね」

「やっぱりそう思ってしまうわよね!?」

 私は右手で、重くなった頭を抱えた。考え事が次から次へと湧いてくるから、手で支えてあげないとふらふらしてしまうのよ。


「あの人、どうして私の性格を言い当てることができたの? それに、私がバラを選んだことも分かっていたような口ぶりだったわよね? 

 あのとき、私は木箱の蓋を直角に開けたまま、バラを布にくるんでいたわ。だからミス・ライラックのほうからは、立ち上がった蓋しか見えなかったはずよ。それなのに赤が見えるとか、開花時期は五月から六月だとか指摘して……」

「当てずっぽうではなさそうだねぇ。マーガレットやチューリップなんかも選択肢にあったんだし」

「はぁ……。もしかして彼女って本当に、魔法が使えるのかしら」

「んー、それはないね」


 淡々とした口調で、ロッティは私の推論をたやすく切り捨てた。


 もちろん私だってその推論が正しいとは思っていないし、ちょっとジョークで言ってみただけに過ぎない。けれど、夢見がちな彼女が真正面から否定したのは少し予想外だったから、息を呑んで彼女を見つめた。


「そりゃあファンタジー好きとしては、魔法を信じたいけどね」と彼女は話す。


「あれはそういうのじゃないよ。さっき、『彼女、全部を見透かしているみたいだね』って言ったけど、もっと正確に言うなら……。彼女は全部を見透かしているように、思わせるのが上手だね」

「……じゃあロッティは、彼女の占いに何か仕掛けがあると思っているの?」


 そう、とロッティが答えたのと同時に、「次、私を占ってくださいよー!」という陽気な声が耳に届いた。

 振り返ると、ルゥナがミス・ライラックの前で料金表を開いていた。


「そうねぇ、私が大人になる頃の世界を見てみたいから……。……うん、このコースでお願いしますっ」

 目を輝かせてオーダーするルゥナの耳元に、シェリルは早口で囁いている。


「料金っ。その料金、よく見て……!」

「見てるわよぉ。まあちょっと高いけど、貯金から出したら払えないこともないわ」

「考え直してっ……!」

 二人のやり取りを、ミス・ライラックは何も言わずに眺めていた。

 ……ベールの下の口元を、いやらしく上向きに歪めながら。


「……あんなの魔法じゃない、ただの詐欺」


 そうつぶやくと、ロッティはミス・ライラックに歩み寄っていった。

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