Chapter 3 ミス・ライラック

 ど真ん中で太陽が照っているわりには肌寒く、淡く薄い空はパパがよく着ているシャンブレーシャツのような色をしていた。マフラーや手袋はいらないけれど、ブレザーなしでアイスのドリンクを飲むのはちょっと遠慮する、そんな気候。


 私とロッティ、それからルゥナとシェリルは、正門の低木付近で集まっていた。


「色々考えてたら、やっぱり私も占ってもらおうかなって気になって……それで……」


 話しながらシェリルはずっと、うさぎのぬいぐるみの頭をさすっている。


「この子たちも、一緒に行きたいらしいんだけど……いいかな……」


 彼女の台詞が終わると同時に、私とロッティはシェリルの背後から出てきて、ルゥナと向かい合った。

 もちろんこれは、占い屋の全貌を明らかにするための作戦。どんなお店なのかこの目で見てみようという話になり、私たちはルゥナとシェリルに同行することにしたの。


 生ぬるい風がルゥナの前髪を揺れ動かして、彼女の額をあらわにした。彼女はそれをセットし直そうともせず、目頭にかかった数本の束をそのままに、まばたきをした。


 上下どちらにもボリュームのあるまつ毛をしているわね、と思っていたら、一秒後にはその顔が息がかかるほど近くにあった。


 ルゥナが、私を抱きしめていたの。


 そして彼女は極めて明るく、「大歓迎に決まっているじゃない!」と言った。


 彼女はロッティにも同じく豪快なハグをかまし、それからパレードでドレスをお披露目する女王様のように、腕をしなやかに伸ばして手を振った。


「ハァーイ! 私、ルゥナっていうの。よろしくね!」

「ハァーイ、ルゥナ。ロッティだよ。こっちの子はアメリア。この前のテストで学年一位だった、超すごい子だよ」


 ロッティは小柄だからどう考えてもリーチが足りないだろうに、背伸びをして私の左肩に腕を回した。私も控えめに手を振って、「ハァーイ……」と言ってみる。


「ロッティにアメリア? ……まさか、『キャラハン・ジュエリーストア』で宝石の問題に立ち向かったっていう、あの二人!?」

「あら。知っているの?」


 学校外の出来事だから、知れ渡っているはずがないのだけれど。


「ドリーさんから直接聞いたのよ! 彼女とは仲が良くってね、これも彼女に作ってもらったのよ」と言って、ルゥナは左耳にかけた髪が落ちてこないように留めている、大きなヘアピンを指さした。


 夜をモチーフにしているのかしら、三日月形の装飾がゴージャスに輝いているわ。


「道理で、彼女らしいデザインだと思ったよ。私もイヤリングを作ってもらったから分かるんだ」

「わお、ぜひ今度見せてちょうだい! ……ああシェリル、こんなに素敵な子たちを連れてきてくれてありがとう! 実は昨日、自分で星占いをしたときにも出てきたのよ。明日は最高のラッキーデーになるって! やっぱり私って星を読むことに才能があるのかしら!」


 興奮冷めやらぬルゥナはシェリルの両肩を掴んで、その場でジャンプを繰り返している。シェリルはそれを柔らかい笑顔のまま、頷きながら聞いていた。


 まったく違うタイプの二人だけれど、仲良しなのは本当のようね。


「ねぇねぇ、占い屋はどこにあるの?」

「ここから歩いて二十分もしないところよ。案内するから、まかせてちょうだい!」


 ルゥナは今日の太陽よりもまぶしい歯を見せて、グーサインをした。


 学校から出るとまず、川にかかる石橋が有名な大通りに直面する。ここは銀行や図書館などの街の中心的な施設が多くて、通行人は紳士淑女といった雰囲気の方ばかり。お喋りに夢中になっていると、郵便局で飼育されている伝書鳩が頭上すれすれを飛んでいったから、驚いちゃったわ。


 けれど時計台の裏に回ると、それまでの賑わいは一気に消えた。そこは草木がまばらに生えた狭い道が入り組んだ場所で、私たち以外には誰もいなかったの。「本当にこっちで合ってる?」とルゥナに尋ねると、彼女は「大丈夫、大丈夫!」と言って、モンスターでも眠っていそうな洞窟に入っていった。


 等間隔で岩に飾られている、ろうそくの火の光だけを頼りに進んでいき、ようやっと私たちは屋台市場の通りに出た。

 ここに繋がっていたのね、とちょっと感動を覚えたそのとき。


「見て、あの女の人! くすんだピンクのベールで、顔を覆っているでしょ? あの方が旅の占い師の、ミス・ライラックよ!」


 ルゥナが声を弾ませて、野菜売り場とハーブ売り場のあいだの路地にいる、一人の女性を指し示した。


 彼女はベールと同系色の屋根をしたテントの下で、机に広げた古めかしい書物を読んでいた。テントは三人も入れば窮屈になってしまいそうなほどの規模だし、その柱は木とロープで組み立てられたものだし、どちらかと言うと質素な印象を受ける。


 それに反して、机の上の水晶玉や壺なんかのインテリアと、それから彼女自身は、目を見張るくらいに華やかだった。

 その空間まるごと一つの花束なのかと思うくらい、雑貨や彼女の衣装にはアートフラワーが飾り付けられていたの。


 想像もしていなかった光景に私とシェリルが呆気に取られ、「楽園みたいで可愛い……」とロッティがうっとりし、ルゥナだけが元気にその女性に向かって駆けていった。


「こんにちは! 占い師のミス・ライラックですよね?」

 女性は書物から目を上げて、「……いかにも」と短く答えた。

「きゃーっ! 私、いとこからあなたの噂を教えられて、すごく気になってたんです。今、占ってもらってもいいですか?」

「ええ。問題ありませんわ」


 それを聞いてルゥナがまた、黄色い悲鳴を上げた。

 そんな彼女に続いて今度はロッティが、「はいはーい、質問でーす」とミス・ライラックのもとへ寄っていく。


「ここ、お花がいっぱいあって可愛いですね。お姉さんってお花の妖精なんですかー?」

「ちょっと、何を言っているのっ」


 私は慌てて、彼女の口を抑えに行った。少なくとも初対面の大人の女性にすべきではないでしょ、そんな質問。

 けれどそれに対して眉をひそめたり、首を傾げたりするわけでもなく、彼女は上品な笑みを浮かべた。


「そちらの方々も、占いをご希望でして……?」

「は、はい」

「では、どなたから鑑定いたしましょう」


 ミス・ライラックが真っ黒に囲まれた目で、私たちの顔を一人ずつ見回していく。

 今だ、と思って、私は勢いよく右手を挙げた。こんなに張り切って腕を上げたのは、体育祭で選手宣誓をしたとき以来だわ。


「私、見てもらいたいです」

「わーお、積極的! じゃあアメリア、一番目に行っちゃって!」


 そう言うとルゥナは私の背中に張り付いて、そのまま買い物カートでも押すように、私をミス・ライラックの前に突き出した。ツトトッ、と少しつまずいてしまう。


 素直な反応をするルゥナに対して申し訳ないような気もするけれど、実はこれも作戦の一つ。どんな占いをするのか調べるために、私がお客さんになって鑑定を受け、ロッティが第三者の立場からその様子を注視するというわけ。


 シャツの下で冷や汗をかきながらも、私は努めて平静を装う。これはそう、テスト用紙を配られたときによくやる、自分がこの世で最もクールだと思って作る顔。


「お嬢様、こちらにおかけくださいまし」

 ミス・ライラックが手で指し示した椅子に座り、私は机を挟んで彼女と向き合う形になった。


「わたくしは、花を使った独自の占いを得意としておりますの。本日は初回限定の、無料コースでご案内させていただいてよろしいかしら……。……もし別のコースをご希望でしたら、お伺いいたしますけれど……」


 彼女は私に『料金表』と書かれた冊子を手渡した。その中身を見てすぐに、無料でお願いします、と私は返答をする。

 ちらっとしか見ていないけれど、ゼロがいくつも並んでいたのが強烈に記憶に焼き付いているわ……。


 目まいがしそうな私とは正反対に、彼女は落ち着き払った態度で机の下に手を伸ばした。

 そして取り出されたのは、日帰り旅の荷物をまとめるのにちょうど良さそうな大きさの、ところどころが錆びた蓋付き木箱だった。


 そのロックの部分を私に向けて、彼女は木箱を机に置いた。

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