Chapter 2 二人だけのランチタイム

 茎の部分にフォークを刺して、くたくたのブロッコリーを持ち上げた。それをお皿にたまったトマトクリームにディップさせて、十分に絡ませてから口の中に入れる。もしゃもしゃしたつぼみを歯でほぐし、すべて飲み込んでから続きを話した。


「その占い師は、銀河のすべてが見通せると言っているんですって」


 私の言葉に、向かいに座る彼女は「ふぅん」と、喉に空気を通しただけのような声を発した。

 ちゃんと聞いているかしら? と片眉を上げる私をまったく見ようともせず、彼女はハムチーズロールパンにかぶりつく。パン生地からこぼれ落ちそうになるハムを器用に口で受け止めて、彼女は顔をほころばせた。


 美味しさを活き活きと表現する彼女の名前は、シャーロット。みんなからはロッティと呼ばれている。シェリルと話しているときに、協力者にふさわしい人物として私の脳裏によぎったのは、この子だったの。

 シェリルと別れた後、私はすぐに教室でロッティを捕まえて、「大事な話があるのだけれど、いい?」と切り出した。でも、「長くなりそうだし、ランチを食べながら話そうよ」と返されたから、こうして一緒に食堂に来ている。


 ルゥナやシェリルの事情については、前菜のシーザーサラダを食べているあいだに話し終えた。だから次は本題の、私に力を貸してくれないかという頼みを打ち明けなきゃいけない。

 私はフォークに巻き付けたパスタを咀嚼しながら、そう考えた。


「……もし本当に詐欺が行われていたら、きっとルゥナはいいように使われてしまうわ。それを未然に防ぐために、あの占い屋の実態を調べようと思うの。……あなた、協力してくれる?」


 ロッティは半分ほどになったロールパンをお皿に置いて、手のひらサイズの観葉植物が並ぶ長テーブルに両肘をついた。そしてそのまま身を乗り出し、何かを探るように私を見る。


「事情は分かったけど……、……それに協力したとして、私になにかメリットはあるの?」


 はっきりと指摘されて、胸にかすかな痛みが走った。


 正直に言って、この話でロッティが得をすることは何もない。それどころかむしろ、ひたすら苦労をさせてしまうだけだわ。それなのに協力してほしいだなんて、虫が良すぎるわよね──。


 私はうつむいて、スカートの太ももに被さるあたりを両手で握った。おとといアイロンをかけたばかりなのに、みっともないシワが何本もできる。

 それでも、恥を忍んでお願いしなきゃ始まらない。


「……厚かましいって、自分でも思うわ。でも、あなたの力を借りることが最善だと思ったの。シェリルを救うためには」

「……アメリアはその子と、今朝初めて会ったんでしょ? どうしてそこまで、彼女の悩みを解決したがるの?」

「どうしてって、そんなの簡単な理由だわ」


 私はロッティときちんと目を合わせて、「彼女が心の底から、助けを求めていそうだったから」と答えた。


「じゃあ、私にその協力を申し出るのはどうして?」

「それも、簡単な理由。……あなたは私が知る限りで一番、優秀な探偵だからよ」


 ロッティの鮮やかなグリーンの瞳が、星を宿したようにきらめいた。


 かつては教会だった建物を改装して使われているこの食堂は、やたらと天井が高くて床が長い。それで大勢が収容できるから、今まさに私たちの周りでも、たくさんの子が食事を楽しんでいる。

 それでも、世界中に私と彼女しかいないんじゃないかと錯覚するくらい、私たちは真剣に見つめ合った。


「……占い師の人、銀河のすべてが見通せるんだって?」

「ええ、そう聞いたわ」

「……なんかそれってさぁー……」


 ロッティは気持ちの良い軽快な音を立てて、手のひらを合わせた。そして、「魔法みたいでドキドキするよねっ!」と上機嫌に口を開いた。


「え、ええ? そ、そうね……」


 いきなりどうしちゃったのかしら、と思ったけれど、そう言えば彼女はもともと夢見がちな子だったわね……。

 高い位置にある壁掛けキャンドルを仰ぐように、ロッティは胸を開きながら話した。


「私はね、おとぎ話に出てくるようなお姫様にずっと憧れているの。で、お姫様ってたいてい、魔法の力で幸せになるでしょ。だから早く私のところにも、魔法使いが来てほしいんだよねぇ!」

「……きっと来るわ。信じていればね」

「うんうん、そうだよね。まあそういうわけで、その占い師が本当に不思議な力を持っているのかどうか、私も興味あるからさ。ちょっと調べちゃおっかな」


 そう言って、ロッティはお手本のように美しいウインクをした。


「……それって、まさか、あなた……。……協力してくれるの!?」

「全部言わせる気?」


 確認せずとも、私の口角が上がっていくのが分かった。彼女の声をメロディにして、踊り出したくなるような心地すらしてしまう。


「最高! あなたって最高よ、ロッティ!」


 精いっぱい感謝を伝えたくて、私は彼女の手を握った。それを上下に振っていると、ロッティは「わわっ」と何やら取り乱し始めた。


「私、今パンで手がベトベトなのっ」

「嘘っ」と慌てて見てみると、もう手遅れ。チーズなのか、バターなのかは判断できないけれど、油らしきものが私の右手首のあたりで広がっていて、濃厚な黄色っぽい光沢を放っていた。


 我ながらちょっとおまぬけで、ふふ、と笑みがこぼれてしまう。ロッティに視線を移すと、彼女も同じように肩を揺らしていた。


 二人して紙ナプキンで手をふきながら、私たちは作戦を練る。


「占い屋について調べるとは言っても、まずは何をすればいいのかしら……。……あっ、色んな人に話を聞いて回るのはどう?」

「うーん、それだといい情報に出会えるまで時間がかかると思うなぁ。それよりも、ずっと確実な方法があると思うの」


 すっかり綺麗になった手でデザートのオレンジをつまみ、ロッティは私に向かってほほ笑んだ。


「実際にその場所に出向いてみる、とかね」


 ……な、なんですって……?

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