第27話

まだ信じられずに廊下で棒立ちになっていると、女子生徒が泣きながら逃げてきた。

その後には胴体から下がない、テケテケが追いかけてきている。

「ギャア!」


と悲鳴が聞こえてそちらを見てみれば、男子の足にしがみついた花子さんがいた。

ここはまるで妖怪学校だ。

次から次に出現する怪異たちに僕は淳へ視線を向けた。


「僕が、さまよっていた3人と仲良くしだしたから、他の怪異たちも活発になった?」

「たぶんな。そうとしか考えられねぇ」


だから淳は僕のせいだと言っていたんだ。

最初に気持ち悪いと言ってきていたのは、幽霊としゃべっている僕を見たからだったんだ。

僕はガックリとその場に膝をついた。

「僕のせいで学校がこんなことに……」


困っている人を助けているつもりだった。

悲しんでいる人に寄り添っているつもりだった。

それが全部、こんなことにつながっていたなんて。

「僕のおせっかいのせいで!」


グッと両手の拳を握りしめた。

「お前の霊感はかなり強かったんだろうな。幽霊をモヤとしてじゃなくちゃんと人として見ることができて、話もできて。だからお前自身も今までずっと気が付かなかったんだろ」


「そうなんだと思う。だって僕には霊感なんてなかったから。相手が幽霊だなんて考えもしなかった」

友達だと思っていた。


3人共気さくで優しくて、転校初日からこんな出会いに恵まれる自分をラッキーだと思っていた。

怪異に悲鳴を上げ、逃げ惑う生徒たち。

「おい、そろそろまずいかもしれねぇぞ」


淳が教室内にもうほとんど生徒が残っていないことに気がついて言った。

「俺たちも逃げよう」

「僕は……逃げない」


グッと両足を踏ん張って立ち上がる。

淳の後に真っ黒なカゲが迫ってきているのが見えた。

カゲは天井まで届くほどの大きさで、生徒たちに手を伸ばしてつかもうとしている。

生徒たちは泣きながらカゲから逃げている。


「こうなったのは僕のせいだから。僕がどうにかしなきゃいけない!」

「なに言ってんだよ! こんなの、無理に決まってんだろ!!」

淳がカゲに気がついて真っ青になる。


あれに捕まったら自分も幽霊の仲間にされてしまうんだろうか?

そんな恐怖が足元から這い上がってくる。

だけどカゲの上の方がぐにゃりと歪んで、それが人の顔の形になったのを見た。

「功介?」


僕は口をポカン開けてカゲを見上げる。

カゲの顔は見間違いようもなく、功介だったのだ。


「功介か、あいつは一番やっかいだったんだ」

チッと淳が舌打ちをする。

「やっかいって、どういうこと?」

聞くと淳が驚いたように僕を見た。


「そうか。お前にとっては友達が机や椅子を倒しているように見えてただけか」

と1人納得している。

それは教室内で功介が暴れたときのことだろうか?


「俺にとっては物に触れることのできる幽霊。ポルターガイスト現象だったんだ」

「ポルターガイスト」

教室内で逃げ惑っていたクラスメートたちを思い出す。


あのとき功介を止めに入る生徒がいなかったのは、功介の姿が見えていなかったからなんだ。

「功介の家の事情は知ってるよな?」

「う、うん」

「あいつは虐待のせいで強い恨みを残して死んだ。そういう魂がこの世にとどまれば悪霊化する。カゲは、功介が悪霊化したものだ」


「で、でも。功介の心残りだった妹さんは無事に助けたのに」

「一歩遅かったか、功介がちゃんと供養されてないかの、どっちかだろうな」

そう言われて僕は大きな体の功介の親を思い出した。

あんなゴミ屋敷の中で、功介が満足できる供養がなされたとは考えにくい。


「まずい、近づいてくるぞ!」

カゲがどんどんこちらへ迫ってきて、淳が逃げ出した。

僕もすぐにその後を追いかける。

カゲは大きな手のひらで僕の体をつかみ上げようとする。


何度も何度も寒気が背中辺りを走った。

ここで止まったら捕まる!

「もう少しだ!」


前方に階段が見える。

階段までくればあとは一気に駆け下りて、外へ出るだけだ。


このカゲが階段をどう降りてくるかわからないけれど、体の大きさを見れば階段の横幅は通れないんじゃないかと思う。

だからそこまで一気に……!

そう思って振り向いたとき、功介と視線がぶつかった。


功介は怒りに目を吊り上げ、咆哮をあげておいかけてくる。

「功介……」

「ダメだ! 見るな!!」


淳が気がついてハッと息を飲む。

だけど僕は功介から目を離すことができなくなっていた。

ただのカゲの存在になり、牙をむき出して人を襲っている。


妹思いで優しい功介はどこにもいない。

「淳。怪異は僕のせいだって言ったよね?」

「今そんな話はどうでもいいだろ!」


「よくない!!」

怪異は僕の霊感のせいで次々と活発化した。

それなら、功介の悪霊化が進んだのも僕に原因があるかもしれない。


僕は迫ってくるカゲと向き合った。

右手の窓は開いていて、涼しい風が入ってきている。

「僕が止めなきゃ、この学校の怪異は止まらない」


「お前、なに考えてやがる!」

「淳は下がってて!」

カゲが僕に手をのばす。


その距離はもう簡単に僕を捕まえることのできる距離だ。

僕は自分からカゲに向かって走った。

そしてその体をきつく抱きしめる。

よし!


カゲが一瞬たじろぐのがわかった。

「オオオォォォォォ!!」

功介の咆哮が廊下に響き渡る。


「功介大丈夫だよ。僕は君を助ける」

僕はそう言うと、カゲもろとも窓の外へ身を翻した。


「おい!!」

淳が窓に駆け寄る姿が見えた。

「オオオオオオオオ!!」


功介が耳元で叫ぶ。

空が見えて、地面が見えて、また空が見えたとき、功介が僕の体をかき抱いた。

そして次の瞬間ものすごい衝撃が体に走り、僕は意識を失ったのだった。



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