第23話
バチンッと大きな音がして男子生徒が横倒しに倒れ込む。
それを見て他の3人はさも楽しそうに笑い声を上げた。
誰も和彰の方を見ていないし、見ようともしていない。
僕は胸の奥が焼けるように熱くなって、一歩踏み出した。
「やめろって言ってるだろ!」
怒鳴りながら和彰の隣に立つ。
すると3人組がようやくこちらへ視線を向けた。
「なんだよお前、こいつの友達か?」
倒れ込んでいる生徒に見覚えはないけれど、僕は「そうだよ」と、うなずいた。
「へぇ、友達ならお前が代わりに金出せよ」
1人が僕の肩をドンッと押す。
僕は両足を踏ん張ってこけないように耐えた。
「嫌だね。友達だって嫌がってるじゃないか」
視線を落とすと、怯えた表情の男子生徒がこちらを見ていた。
ここで僕が逃げたら、ますますイジメられるはずだ。
だから絶対に引かないつもりだった。
「嫌がってなんかないよなぁ? 幸雄くん?」
イジメられている子の名前は幸雄というらしい。
幸雄は左右に視線を揺らしてうつむいてしまった。
否定すれば殴られる。
そう思ってグッと押し黙ってしまっている。
「一体どれくらい前から幸雄くんをイジメてるんだ? すごく怯えてるじゃないか」
「お前には関係ねぇだろ!」
「関係あるよ! だって……」
チラリと和彰へ視線を向ける。
和彰はさっきから無言でずっと幸雄を見つめている。
「幸雄くんは僕の友達だから!」
叫ぶと同時に僕は1人に掴みかかった。
和彰が「あっ」と声を上げて止めようとするけれど、一歩遅かった。
僕は相手に体当たりをしてもみくちゃになりながら転がった。
「くそっ! 邪魔するな!」
もう1人が僕に掴みかかろうとしたところ、幸雄が起き上がってそれを止めた。
相手の腕を力いっぱい掴んでいる。
「なんだよお前、俺たちの邪魔していいと思ってんのか?」
その言葉に幸雄は震え上がったが、腕を離すことはなかった。
「幸雄……」
和彰の小さなつぶやきが聞こえてきた。
あとのことはよく覚えていない。
気がついたら僕も幸雄もボロボロになっていて、沢山殴られて、相手を沢山殴ってもいた。
途中で逃げ出して近くの公園に向かってから、ようやく我に返った感じだ。
「大丈夫?」
木製の古いベンチに腰掛けて幸雄が心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。
「僕なら大丈夫だよ」
と、言っているそばから口の端が切れて痛みを感じた。
「ハンカチを濡らしてくる」
幸雄はそう言うと走って水飲み場へと向かった。
「ほんと、お前は無茶するよな」
左隣に座り和彰が呆れ声で言った。
和彰はあの乱闘騒ぎには入らず、1人傍観していた。
そのことが僕にとっては意外だったし、なぜ助けてくれなかったんだと、少しだけ腹立たしく感じられたことだった。
「和彰、君はどうして……」
なにもしてくれなかったんだ?
そう質問しようとしたとき、幸雄が駆け足で戻ってきた。
「口に血がついてるから」
と、僕の口の端に濡れたハンカチを押し当ててくる。
ズキリとした痛みが走って顔をしかめるけれど、熱を持っていた顔が冷やされて心地いい。
「本当にごめん、僕のせいで」
「幸雄くんが悪いわけじゃないだろう? 悪いのは、あいつらの方だって誰が見てもわかるよ」
「でも、僕がもう少し強ければあんなことにはならなかったはずなんだ」
幸雄はそう言うと悔しそうに唇をかみしめてうつむいてしまった。
「弱いのはあいつらの方さ、集団にならないとなにもできないなんて。和彰もそう思うよな?」
話をふると和彰は少し目を見開き、それから小さく頷いた。
「和彰?」
幸雄が困惑した表情を浮かべる。
「郁哉、俺に話をふらなくてもいい」
「え? でも」
一緒にいるのに和彰のことだけ無視しているなんて、どう考えてもおかしい。
さっきからふたりは視線も合わさないし、会話もしていない。
友達同士に距離があるのは、僕としてもあまり気持ちいいものじゃなかった。
「そうだな。和彰のために、僕はもっと強くならないとな」
ふと、幸雄が空を見上げてそうつぶやいた。
その言葉を聞いて和彰は大きく息を吸い込み、そして泣きそうな顔で笑ったのだった。
「頑張れ、幸雄」
背中を押す和彰の声が夏の空に吸い込まれて、消えた。
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