第19話
☆☆☆
淳が僕を連れてきたのは昼間生徒たちが通ることのない、渡り廊下だった。
ここから先は部室棟になっているから、放課後になるまでほとんど人通りはない。
わざわざこんな場所に移動してくるなんてどういうことだろう?
僕は思わず身構えて淳をにらみつける。
いくら僕のことが気に入らないからって、突然殴りかかってはこないだろうが、警戒しておいて損はない。
「こ、こんなところで話ってなに?」
僕は精一杯の強がりを見せて言った。
淳がギロリと睨みつけてくる。
「お前、自分がやってることがわかってんのか?」
「ぼ、僕がやってること?」
なにか悪いことをしただろうかと思い返してみても、ここへ転校してきてから特に咎められるようなことはしていないはずだ。
なにも思い当たることがなくて、僕は困惑する。
すると淳がグイッと上半身をかがみ込んで、息がかかる位置に顔が近づいてきた。
咄嗟に逃げようとするけれど、後方には渡り廊下の壁があるので逃げることもできない。
この距離で睨まれた僕は冷や汗が吹き出した。
「午前中のこの学校でなにがあったのか聞いたか?」
僕はブンブンと左右に首をふる。
「聞いたけど、教えてくれなかった」
「だろうな」
淳が体を元に戻したのでホッと息を吐き出す。
それでも淳からの威圧的な雰囲気は解けなくて、僕は緊張しっぱなしだ。
「な、なにがあったのか教えてくれる?」
聞くと淳はまた僕を睨んできた。
どうして質問するだけで睨まれなきゃいけないんだと思ったが、ふと、淳は吊り目なのかもしれないと思った。
今までだってずっと睨まれていると思っていたけれど、四六時中睨み顔でいるのは疲れてしまう。
もともとそういう顔立ちなんだとしたら、淳も悪気がなかったことになる。
「あ、あのさ、君って実は吊り目?」
「はぁ? 今そんなこと関係ねぇだろ!」
「ご、ごめん」
「でもまぁ、確かに吊り目かもな。よく怖いって言われるし」
そう言ってまばたきをする淳はどこか愛らしく見えて、笑ってしまいそうになった。
怖い顔で怖い声色で気持ち悪いと言われてきたから、淳=近づいちゃいけない存在。
みたいに思い込んでいたところがあるかもしれない。
改めて淳を見てみると、それほど怒っていないことがわかった。
「なんだよ、お前ずっと俺のことが怖かったのか?」
「そ、それは……まぁ」
コクンと頷くとチッと舌打ちをされて背筋が寒くなる。
やっぱり怖いかもしれない。
「まぁそれはしょうがないとして、午前中に学校で起こったことを教えてやるよ」
それは1時間目の授業が始まる前から始まったことらしい。
隣のA組は今日の1時間目から体育が入っていたので、鍵を開けるための委員長と副委員長が体育館へ行ったらしい。
「そこでふたりとも見たんだよ。足のない男の幽霊」
その幽霊は前回淳が見たのと同じで、バスケットーボールで遊んでいたという。
『ギャアア!』
幽霊を見たふたりは大きな悲鳴を上げて体育館から教室まで一気に逃げ帰ってきたそうだ。
「そ、それって本当のこと?」
「あぁ、騒ぎになってすぐに体育館に行ってみたら、その幽霊はまだその場にいたんだ。俺も見たし、他にも見たやつが沢山いる」
大勢の生徒たちが目撃したのであれば、嘘や幻覚では済まされなさそうだ。
「それだけじゃねぇ。トイレの花子さんも出てきやがったんだよ」
「ト、トイレの花子さんて我們さんたちが見たって言う?」
「そうだ。それが女子トイレから出てきて廊下を歩いてやがったんだ」
「廊下を? それって普通の女の子じゃなくて?」
僕の質問に淳は眉根を寄せて左右に首を振った。
「小学生がどうしてここにいるんだよ?」
「それは……兄妹の忘れ物を渡しに来たとか?」
「だけどそいつは体が半分透けてたんぜ?」
それも大人数の生徒たちが目撃したことらしい。
僕は呆然として淳の顔を見つめた。
「4時間目の授業中には科学室にあるガイコツの標本が動いたんだ」
たしか今日の4時間目僕のクラスは科学だったはずだ。
「そんな、どうして次から次にそんなことが?」
「次々に変なことが起こっているのは、お前が転校してきてからだ」
「それじゃ、僕のせいだっていうの!?」
僕はさすがに驚いて目を見開いた。
そんな怪異と僕が関係しているとは思えない。
そもそも僕はそんな怪異を見たことなんて1度もないんだから。
「そうとした考えられねぇ」
「ちょっと待ってよ! 僕は霊感なんてないし、幽霊を呼び寄せるような力だって持ってないよ」
「自分で気がついてねぇだけかもしれねぇだろ?」
「そんな無茶な!」
そんなことを言い出したら、全員が疑われないといけなくなる。
「他に霊感の強い人とかいないの? 我們さんとか」
「我們にそんな力があるなら、もっと早くに怪異が起こってたんじゃねぇのか? 言ったよな? お前が転校してきてから起きてることだって」
そう言われて僕は黙り込んでしまった。
どうにか弁明したいけれど、霊感のあるなしをどう証明すればいいのかわからない。
「ぼ、僕のなに悪いんだと思う?」
言い返すのはやめて僕は助けを求めるように訊ねた。
すると淳は深くため息を吐き出して、それから「あの3人と関わるのをやめろ」と、言い放ったのだ。
僕は驚いて淳を見つめる。
あの3人というのは誠と功介と和彰のことで間違いない。
「なんでそんなこと言うんだよ! あの3人は転校してきた僕と一番仲良くしてくれたのに!」
友達をけなされたように感じられてカッと体が熱くなった。
怒りが腹の底から湧き上がってくる。
「落ち着け、今から言うことをしっかり聞け、あいつら3人はな――」
「うるさい! 僕の友達の悪口を言うな!」
僕は淳が話し言葉を遮って叫んだ。
僕が悪口を言われるのは我慢できるけれど、友達の悪口を聞くのは我慢ができなかった。
転校先でうまく馴染むことができるかどうか不安だったとき、あの3人は気さくに声をかけてくれた。
自分だけ仲間はずれにされているような気がして寂しかったときもあるけれど、それでもずっと一緒にいてくれたから、学校生活だって苦しくなかったんだ。
それなのに……!
自分よりも背の高い淳をキッと睨みつけたとき、淳は怯んだように後ずさりをした。
前に和彰が言っていた通り、淳は意外と怖がりなのかもしれない。
だから強がって自分を大きく見せているだけだ。
それなら、勝てる!
「僕は僕の友達を信じる!」
「で、でも……」
淳がまだなにか言いかけたときだった。
なにかの気配を感じたように校舎へと続く渡り廊下の端へと視線を動かした。
僕もつられてそちらへ顔を向けると、和彰が立っていた。
「和彰!」
僕はホッとして微笑む。
が、同時に淳の顔がみるみる青くなり、そして走り去っていってしまった。
「逃げなくてもいいのに」
部室棟へと走っていった淳に呆れてつぶやく。
「前に言っただろう、あいつは怖がりなんだ。俺が来たから逃げたんだ」
和彰がこちらへ近づいてきながら言った。
「でも嬉しかったよ、郁哉」
「え、なにが?」
「俺たちのことを必死でかばってくれてただろ?」
「聞こえてたの!?」
一体いつから話を聞いていたんだろう。
なんだか恥ずかしい気持ちになって僕は和彰から視線をそらせた。
「恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。郁哉はやっぱりヒーローだな」
和彰は僕の肩をポンッと叩き、ふたりで教室へ向けて歩き出したのだった。
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