第18話
☆☆☆
僕が学校へ着いたのはちょうど給食の時間だった。
バタバタしていてお腹が空いていたことなんてすっかり忘れてしまっていたけれど、その匂いをかいだ瞬間お腹がグゥと音を立てた。
僕が自分の席で給食を食べていると、何度か淳と視線がぶつかった。
淳はなにか言いたそうな、だけど気持ち悪いものでも見ているかのような表情で僕を見つめる。
なにか言うとしてもきっと嫌なことに決まっている。
僕はそう思って極力淳と視線を合わさないように給食を食べ勧めた。
「すごいな郁哉、功介から聞いたけどカンナちゃんを助けたんだって?」
もうほとんど給食を食べ終えたところで和彰がそう声をかけてきた。
「え? 話聞いてるの?」
「あぁ。勇敢なヒーローみたいだったって行ってたぞ」
それはまるで僕がカンナちゃんを助け出すところを見ていたような言い方だ。
ということは、あの家に功介はいたことになる。
「その功介はどこに行ったの?」
見たところ教室内にその姿は見えない。
あのとき家にいたのなら、ちょっとくらい話がしたかったのだけれど。
「功介はよく授業をサボるから、今日も途中からいなくなったよ」
「なんだ、そうだったんだ」
僕はガックリと肩を落とす。
功介は親があいなくなってしまって大丈夫だろうかと、心配していたのに。
「それにしても今日はなんだか暗いね?」
功介がいないからというわけじゃないくて、なんだか教室内全体にどんよりとした空気が立ち込めているように感じられる。
普段騒がしい女子のグループの今日は雑誌を広げて読んでいるだけでおしゃべりを封印しているように見える。
「あぁ、ちょっと学校でもバタバタしたんだ」
和彰がなんだか言いにくそうに言って苦笑いを浮かべる。
「なにかあったの?」
「いや、大したことじゃない。郁哉が気にするようなものでもないんだ。それよりも、どうやってカンナちゃんを助け出したのか、武勇伝を教えてくれよ」
和彰にそう言われて僕は今朝のことを話し始めたのだった。
☆☆☆
和彰に今朝の出来事を一通り話終えた僕は1人でトイレに来ていた。
廊下へ出て歩いていても生徒の姿はまばらで、どこのクラスも静かなのが気になった。
とても昼休憩時間だとは思えない静けさに、つい隣のクラスを確認してしまう。
「なにか用事?」
すぐ近くの席に座るおさげ髪の女の子が文庫本から顔を上げた。
「いや、今日はやけに静かだなと思って」
だけどこのクラスにもちゃんと生徒はいる。
集団で休んだりはしていないことがわかったが、みんな静かにスマホをいじっていたり本を読んでいたりする。
普段ならすぐに外でサッカーをやりはじめる生徒もいるのに、今日はなぜか机に突っ伏して寝ているようだ。
「今日は仕方ないよ。だってあんなことがあったんだから」
「あんなこと?」
和彰が教えてくれなかったバタバタのことだろうか?
「あなた知らないの? あんな大騒ぎになったのに」
女子生徒が呆れ顔を浮かべるので、僕は昼から学校へ来たことを伝えた。
「それなら知らなくても仕方ないか」
「ねぇ、なにがあったのか教えてよ」
そう言うと女子生徒は途端に渋い顔になり、黙り込んでしまった。
その顔色は少し青い。
「ごめん。私の口からはちょっと」
「どうして?」
「だって、あれを見ていなければ変なヤツだと思われるもん。他のみんなは見ているから信じてくれるだろうけれど」
口で説明しても信じてもらえないようなことが起こったということだろう。
僕は女子生徒から話を聞くのを諦めてトイレに向かった。
そして出てきたとき、淳がすぐ近くに立っていることに気がついて思わず「うわっ」と声を上げて立ち止まった。
淳はさっきと同じような、気味の悪いものを見るような目で僕を見つめる。
僕はそのまま立ち去ろうとしたけれど、淳に手を掴まれて引き止められてしまった。
「なに?」
「ちょっと話がある」
淳は短く説明すると、僕の手を引いて歩き出したのだった。
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