第15話 功介の家へ
翌朝、いつもより30分前に起きた僕は自分でトーストを焼いてかじりついていた。
バターの甘じょっぱい味が口いっぱいに広がってよだれが出る。
「あら郁哉、今日はどうしたの?」
エプロンをつけてキッチンに入っていた母親が目を丸くして、パンにかじりつく僕を見る。
「今日は少し早く出ようと思って」
「あら、学校でなにかあるの?」
そう聞かれて一瞬功介のことを説明しようかと思ったが、やめておいた。
これから功介の家に行くなんて言ったら、きっと心配するだろうから。
「実は僕のクラスで金魚を買い始めたんだ。今日は餌やり当番だから早く行くんだ」
もっともらしい嘘をつくときに、心臓がドキドキした。
だけど母親はすぐに信じてくれて「そう。大変ね」と、言っただけだった。
いつ嘘がバレるかわからない後ろめたさがあり、僕はさっさとパンを飲み込んですぐに椅子から立ち上がった。
キッチンでは母親が目玉焼きを焼いているいい香りがしてきている。
「じゃ、行ってきます」
僕はその背中に声をかけてカバンを手に持った。
「気をつけて行ってくるのよ」
「はぁい」
その返事をしたときにはすでにキッチンを出ていたのだった。
☆☆☆
30分早く家を出るといつもと少しだけ景色が違って見えた。
毎日散歩している老婦人の姿は今日はまだ見えない。
いつも僕を途中で追い抜いていく赤い自転車のお姉さんの姿もないし、空はまだ少し白い。
街も心なし静かな感じがする中、僕は功介の家へと急いだ。
いつもの曲がり角まで逆方向から北から、左へ曲がる。
そこから真っ直ぐ歩いてすぐのところに赤い屋根の一軒家が見えた。
相変わらず雑草は生え放題で、一歩庭に踏み入るのを躊躇してしまう。
僕は塀の手前で立ち止まって耳を澄ませて中の様子を確認した。
「今日はなにも聞こえてこないな……」
朝早い時間だからだろうか?
家の人はまだ誰も起きていないんだろうか?
それにしてもそろそろ起き出してご飯を食べないと学校に遅刻するんじゃ?
そう思っていると中から人の声が聞こえてきた。
「さっさとしろよ!」
それは昨日と同じ男性の声で体に緊張が走る。
「指図ばっかりしないでよ!」
今度は昨日は聞こえてこなかった女性の声。
もしかしたら功介の母親の声かもしれない。
「なんだと!? お前誰のおかげで食えていけてると思ってんだ!」
「はぁ? なに勘違いしてるの? あんたが不甲斐ないから私が仕事してるんでしょ!」
それは昨日自分の家でも聞いた会話と同じような内容だった。
違うのはそれが本気で相手を怒鳴っているということだった。
ふたりの会話はあっという間にエスカレートしていき、食器が割れる音や家具が倒される音が響き始めた。
こんな早朝の街にふさわしくない音に、僕の全身が冷たくなっていくのを感じる。
功介は大丈夫なんだろうか?
今はまだ家にいるはずだけれど……。
癖でついスマホを取り出すけれど、連絡先がわからないことに気がついて手を引っ込めた。
やっぱり、こういうときのために連絡先は聞いておくべきだったんだ。
悔しくて下唇を噛み締めたとき、「カンナ! さっさ起きろ!」と、男性の声が聞こえてきた。
カンナ。
きっと功介の妹の名前だろう。
「いつまで寝てんのよ、使えない子ね!」
続いて母親の声。
そして無理やり叩き起こされたのか、カンナちゃんが「ごめんなさい。ごめんなさい」と何度も謝っている声が聞こえてきた。
僕はグッと拳を握りしめてその声を聞く。
功介は?
功介はもう起きてでかけてしまったんだろうか?
功介が家にいるなら、親を止めに入る声だって聞こえてきそうだ。
もし家にカンナちゃんと親しかいないのなら、僕が助けにいかなきゃ……!
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