第13話

☆☆☆


トレイの花子さん騒動はユリちゃんとその友達しか目撃者がおらず、結局真相は闇の中だった。

和彰は『ほら言った通りだろ?』と表情だけで言っていたけれど、僕はなんだかモヤモヤが残る出来事になってしまった。


他に目撃者がいなければ真相はわからないままだ。

「ほんと郁哉は他人のことを気にしすぎなんだよ」

放課後になって帰る準備をしていると和彰がそう声をかけてきた。


「だって、トイレの花子さんなんて気になるじゃないか?」

「そうかぁ? 子供だましの幽霊じゃないか」

「それが中学校に出たんだよ? 僕はどうして中学校に小学生の幽霊が出たのかすごく興味があるんだけどなぁ」


「はいはい。どうせ彼女たちの嘘だって」

和彰はすでに興味を無くしたようで僕を置いてさっさと教室を出ていってしまった。

僕は慌ててカバンを肩にかけて後を追いかける。


いつの間にか和彰の隣に功介が並んで歩いていた。

「功介、気分はどう?」

「あぁ、最低な気分だな」


結局ほとんどの授業を眠って過ごした功介は、それでも寝不足みたいなしかめっ面をしている。

僕はそれに対して何かを言おうと思ったが、やっぱりそれはやめておいた。


ちゃんと起きて授業を受ければ気分転換になるのに、なんて、功介の腕のアザを見た今は言えなかったから。

それから3人で校門を抜けて通学路を歩いて行く。


途中で和彰が右に曲がり、次に功介が左に曲がって、最後に僕が真っ直ぐ歩いて帰ることになる。

「じゃ、また明日」

和彰に手を振って見送ると、しばらくは僕と功介のふたりで歩いて行くことになる。

僕は隣の功介にチラチラと視線を向けた。


いつもと変わらないように見えるし、会話の内容も今日の授業内容だったり、友達とのおもしろかったエピソードだったりしてなにも変じゃない。

「じゃ、オレはこっち」


気がつけばもう分かれ道まで来ていて功介は立ち止まった。

僕も自然と立ち止まる。

そのまま手を振って左へ歩いていく功介を見て、僕はこっそりその後を追いかけはじめた。


功介の家がどこにあるんのか、それだけでも突き止めようと思っていたのだ。

1人になった功介は大股で自分の家へと向かっていく。

僕はついていくのがやっとのスピードだ。


じわりと汗が滲んできて息切れしてきたとき、功介の歩くペースがゆっくりになった。

見ると目の前に赤い屋根の可愛らしい一軒家が立っている。

木製の表札には橋本と書かれているから、ここが功介の家みたいだ。


だけど塀の奥に見えている小さな庭は草が生え放題で、手入れされていないことがわかった。

功介はその家の前で立ち止まり、中の様子を伺っているようだ。

自分の家なのに入らないんだろうか?


そう思ったときだった。

「ふざけるな!!」

男の怒鳴り声が家の中から聞こえてきて僕は目を丸くした。

外まで聞こえてくるほどの怒号は、間近で聞けば雷のようにするどいはずだ。

「パパごめんなさい!」


今度は女の子の声が聞こえてきた。

その声は震えていて、恐怖におののいている。

今の声が功介の妹のものだろうか?


続いて食器が次々と割れる音、そしてさっきの女の子の鳴き声が聞こえてきた。

「功介!」

いてもたってもいられなくなって僕は功介に駆け寄った。


さっきまで石像のように棒立ちになっていた功介が息を飲んで振り向く。

その顔は真っ青で、僕は驚いてしまった。

あの負けん気の強い功介がこんな顔色になるなんて……。


そんなことをしている間にも中からは鳴き声と怒号が交互に聞こえ漏れてくる。

何かを倒すようなドォンっという大きな音も聞こえてきて、僕は玄関ドアへと視線を向ける。

こんなことをしている場合じゃない。


女の子を助けなきゃ!

咄嗟に玄関へ向けて駆け出そうとした僕の腕を功介が掴んでいた。

「行くな。お前は行かなくていいから」


「でも、このままじゃ妹さんが大変なことになるんじゃないのか!?」

「オレが行く。お前はもう帰れ」

「帰るなんてそんな……!」

功介と妹だけほっといて帰るなんて僕には考えられないことだった。


せめて誰か大人の人に助けを求めてからじゃないと、帰ることはできない。

「いいから、帰れ! 勝手についてきやがって、これ以上オレのことに首突っ込むんじゃねぇよ!」


突然怒鳴られて僕は唖然としてしまった。

それでも功介はまだ青い顔をして、親に対しての恐怖心が消えていないことがわかる。

「ぼ、僕だってなにか役立つかもしれないし」


「しつこいぞ!」

功介が僕の肩をドンッと押す。

「あっ」

体のバランスを崩した僕は小さく声を上げて後方を見た。


後にはガードレールのない深い水路が広がっている。

このままじゃ落ちる!

ギュッと目を閉じて両足を踏ん張り、どうにか耐えた。


ホッとした功介へ視線を向けると、功介はすでに家の中へ入った後だった。

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