第11話 青あざ

淳のことはまた今度考えるとして、今重要なのは功介のことだった。

キレイに元通りになった教室内で授業開始を待っているとき、ギリギリの時間に功介が戻ってきた。


「功介!」

僕はすぐに名前を呼んで駆け寄ろうとしたけれど、功介はチラリともこちらを見ずに自分の席へ向かっていった。

そして誰とも会話することなく、そのまま突っ伏してしまったのだ。


更に話しかけようかと思ったところで、次の授業の先生が入ってきてしまった。

「はい、みんな席について」

女性教師の言葉に僕は渋々自分の席へ戻ったのだった。


☆☆☆


授業中にも気になって功介の方へ視線を向けてみると、功介は突っ伏したまま眠ってしまったようだった。

背中が規則正しく動いているのを見て、僕はため息をはく。


あんな騒動を起こしておいてよく眠れるものだと感心する。

「じゃあ、次の問題を我們さん」

先生に呼ばれてユリちゃんが立ち上がる。


「えっと、答えは、その……」

ユリちゃんはしどろもどろになって答えに窮している。


今はユリちゃんの得意な国語の授業なのにと、僕は珍しい気分でそれを見つめた。

「わからない? じゃあいいわ。この問題の答えは……」

先生が黒板へ向かい、ユリちゃんが肩を落として座る。


他のみんなもさっきのことがあったせいか顔色が悪かったり、授業に集中できていない様子だ。

功介はみんなに謝らないといけないんじゃないか?


ふと、そんな疑問が浮かんでくる。

功介には功介の理由があるにしても、みんなを怖がらせたのは事実だ。

またお節介だと言われるかもしれないけれど、ちゃんと功介と話してみなくちゃ!


☆☆☆


「功介、ずっと寝たままだな」

国語の授業が終わった後も功介は机に突っ伏したまま目を閉じていて、和彰が呆れた様子で言った。


「みんなを怖がらせたんだから、ちゃんと謝らないといけないと思うんだ。だから、功介を起こして話をしてみたいんだ」

僕の言葉に和彰も賛成してくれた。


このまま知らん顔はしていられない。

功介に近づいていくと、寝息を立てているのが聞こえてきた。

「功介、起きてくれないかい?」


声をかけても反応はない。

僕は功介の肩を掴んで揺さぶった。

すると功介は眉間にシワを寄せてようやく薄めを開けた。


「なんだよ、人が気持ちよく寝てたのによぉ」

起き抜けの功介はいかにも不機嫌そうに眉を寄せて言う。

「寝てる場合じゃないよ。あれだけみんなを怖がらせたんだから、ちゃんと謝らないと」


僕の言葉に功介は薄ら笑いを浮かべて、また突っ伏してしまった。

まさかまた寝るるもりだろうか。

そう思ってまた肩を揺さぶろうとしたときだった。


功介の制服の袖部分が上にずり上がっていて、腕が覗いていた。

思っていたとおり筋肉のついたその腕には大きな青あざがあったのだ。

僕は伸ばしかけていた手を引っ込めてマジマジとその青あざを見つめた。


どこかでコケたりしたんだろうか?

だけど前に和彰が言っていた、親の大喧嘩の話が頭にひっかかった。


まさか、このアザは……。

そう思ったときだった。

今まで目を閉じていた功介がパッと目を開いて、視線がぶつかった。


「うわっ」

驚いてのけぞり、そのまま後方へこけそうになってどうにか足を踏ん張って持ちこたえた。

「なんだよ、人のことジロジロ見て」


功介は仏頂面でそう言うと、サッと腕を隠してしまった。

この暑いのにどうして長袖なのかと気になっていたけれど、さっきのアザを見ると理由がわかった。

功介はあのアザを隠すために夏でもずっと長袖を着ているのだ。

「こ、功介、あのさ」


僕は心臓がドクドクと脈打つのを感じながらも質問した。

こういうときどんな声をかければいいかわからない。


だけどやっぱりほっとくことはできなかった。

きっとこれは、とっておけばとんでもないことになってしまうと思ったから。

「お節介は無用だからな」

功介がピシャリと言ってまた目を閉じる。


「ちゃ、ちゃんと話をしようよ功介」

「嫌だね。どうしてお前はそう首をつっこみたがるんだ」

「だって、功介のことは友達だと思ってるから。誠のことだってそうだよ。僕はもう友達だと思ってた。だから突然転校したときは本当にびっくりしたし、悲しかったんだよ」


自分だけのけものにされた気分だったとは、言わなかった。

だけど功介にも和彰にもその気持がわかったのだろう、功介が目を開けてうっとうしそうな瞳を向けてきた。


「で? お前はなにを話したいわけ? みんなに謝れって?」

「それはそうだけど、でも今は違う」

僕はそう言うと功介の腕へ視線を落とした。

今は薄い布に覆われて隠れている部分だ。


「アザはこけてできた。ただそれだけだ」

そう言ってそっぽをむこうとした功介を、和彰が止めた。

「郁哉は俺たちのことを友達だと言ってくれている。話してもいいんじゃないか?」

和彰からの言葉に功介は驚いたように目を見開き、それから深くため息を吐き出した。


そしてまた、視線を僕へ向ける。

僕はゴクリと唾を飲み込んで功介を見返した。

「オレなんかはどうでもいいんだ。オレよりももっと小さい、小学校3年生の妹がいる。妹が殴られてるのを見るのがおれは嫌なんだ」


功介はそう言うと唇を引き結んだ。

その顔は今にも泣き出してしまいそうにも、叫びだしてしまいそうにも見えた。

「妹さんをかばって殴られているの?」

僕はできるだけ小さな声で、誰にも聞こえないように訊ねた。


功介は頷く。

「妹が殴られてんの見るよりはずっとマシだからな」

「でもそれじゃ功介が……!」


不理不尽な暴力の的になったことなどない僕はそこで言葉を切った。

その後どう言葉を続ければいいか、わからなかった。

「オレはいいんだって。ほら、おかげでこんなに力がついたんだぜ」


功介は自慢げに力こぶを作って見せた。

それは制服の上でもわかるほど膨らんでいる。


だけど両親からの暴力に耐えるために努力した結晶だとわかると、胸がズキリと傷んだ。

それでも何かを言おうとした僕を、隣に立つ和彰が止めた。

和彰は僕の腕を掴んで、ただ左右に首をふったのだった。

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