第9話

☆☆☆


「和彰は将来スポーツ選手になるの?」

体育の授業を終えて3人で廊下を歩いているとき、僕はそう質問した。

「できればそういう道に行きたいけど、上には上がいるからなぁ」


とは言えその顔は自信に満ちている。

本当に好きなことだからか、目もキラキラと輝いてみえた。


「和彰ならどこまででも上がっていけるだろ」

功介の言葉にさすがに恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべている。

「いいなぁ。僕にも特技があったらいいんだけど」


「はぁ? もうあるだろ?」

「え?」

功介の言葉に驚いて聞き返すと「ちょっとお節介なところ」と、言われてしまった。


誠とユリちゃんのことを言われたのだと気がついて頭をかく。

「そうだね。それは誠のいいところでもあると思うよ」

「そ、そうかなぁ」


無駄に首を突っ込んで怒られそうな気もするけれど、褒められると嬉しくなる。

「ボランティアとか、人助けをするとか、そういうのお前に向いてそうだな」


「えへへ、ありがとう功介」

お節介と言われたらちょっと嫌なイメージだけれど、ボランティアと言い換えれば悪くないかもしれない。


それにしても功介が褒めてくれるなんて。

と、思いながら教室のドアを開くとちょうど淳が教室を出るところで、バッタリ顔を突き合わせてしまった。


あまり会いたくない相手に一瞬固まってしまう。

ドアの前に動けずにいると淳がチッと小さく舌打ちしてきた。

そしてまた「お前気持ち悪いんだよ」とつぶやく。


僕は反論することもできずにただ青くなって淳を見つめる。

このまま言われっぱなしじゃいけない。

せめて否定しなきゃ。


そう思って口を開きかけたそのときだった。

ガタンッと後方で大きな物音が聞こえてきて、僕も淳もそちらへ視線を向けた。

いつの間にか功介が教室内へ入っていて、近くの机を蹴倒したところだったのだ。


その瞬間、淳がサッと青ざめた。

「な、なんだってんだよ!」


震える声でそう言うと、気持ち悪そうな顔で僕をみやったあと、教室から逃げ出して行ってしまった。

その様子をキョトンとして見送る。


「幽霊を怖がっていたし、あいつは案外怖がりなんだよ」

和彰がクスクスと笑いながら言う。

「そうなんだ」


僕もつられて笑った。

功介が机を倒してくらいであんなに真っ青になって逃げることないのに。


だけど、僕に対してずっとあんな態度をとっている淳が青ざめて逃げるのはスカッとして心地いい。

功介にお礼をしようと思って歩み寄ったときだった。


「くそったれ!」

と口走りながら、功介が今度は近くにあった椅子を蹴飛ばしたのだ。

続けざまに隣の机も蹴飛ばして大きな音を立てる。

「キャア!」


「一体なんだよ!?」

次々と机や椅子を倒していく功介にさすがに他のクラスメートたちも逃げ出した。

下手に近づけば僕や和彰だって怪我をしかねない。


「功介、大丈夫か?」

和彰が声をかけるけれど功介には聞こえていないようで、今度は後方の棚に置かれていた本を落とし始めた。

バサバサと音を立てて床に落下していく本を見て呆然としてしまう。


いまや教室内に残っているのは僕と和彰と功介の3人だけになっていた。

他の子たちはみんな逃げ出した。


「功介、やめなよ!」

僕の声も功介には届かない。

功介は顔を真赤にして「チクショー! くそっ」と繰り返しているばかりだ。


「和彰、功介は一体どうしちゃったのさ?」

「時々頭に血がのぼって自分でもわけがわからなくなるみたいなんだ。でもこのままじゃまずい、先生が来るまえにどうにかしなきゃ」


和彰がそう言って功介に近づいて行ったとき、功介が不意に手を止めてこちらを睨みつけてきた。

つり上がった目に白目は充血して真っ赤だ。


その様子に恐怖心が湧き上がってきて僕は足がすくんでしまった。

「見てんじゃねぇよ!」

功介はそう怒鳴ると大股で教室を出ていってしまったのだった。

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