第8話 転校する

恋愛うんぬんに関してはきっと好きな人ができれば、その時に自然とわかることだろうと自分で結論付けた。


翌日もいつも通り学校へ向かうと、教室に誠の姿ないことに気がついた。

「誠はどうしたの?」

ホームルーム開始5分前になっても現れない誠を心配して、僕は和彰にそう質問した。


和彰ならなにか聞いていると思ったからだ。

「あぁ……誠なら転校したんだ」

「え!?」


突然の報告に僕は驚いて座ったまま固まってしまった。

「昨日が最後の日だったんだよ」

「本当に? 僕なにも聞いてない!」


「ごめん。郁哉は学校に慣れるのが大変だから黙っていてほしいって、誠から言われてたんだ」

「そんな……」

ガックリと肩を落とす。


他のみんなはちゃんと誠の引っ越しを知っていたようで、功介も驚いていない。

なんだか自分だけがのけものにされたような気持ちになって悲しくなってきてしまう。


「そんな顔すんなよ。転校したって誠は元気なんだからよ」

功介が僕の背中をバンバン叩く。

「そうだけどさ……」


それでもなにか一言欲しかったなと思うのは仕方ないことだと思う。

ほんの数日だったけれど、僕も誠の友達になれたと思っていたから。

「あ、そっか。だからあんなに泣いてたんだね」


ふと昨日の誠を思い出して僕はつぶやく。

転校前日に好きな子の気持ちを知ることができたから、感極まってしまったんだろう。

「そうだな。誠はすっごく嬉しかったんだと思う。郁哉のおかげだ」


「そんな、僕はそんな大層なことはしてないよ」

和彰が褒めてくれるので僕は慌てて左右に首を振った。

僕は少し好奇心もまま行動してみたまでだ。


それにしても、誠とユリちゃんが付き合えていたらどれだけ良かっただろうかと思う。

「ふたりとも、転校するときはちゃんと僕にも教えてね?」


僕が言うと、和彰と功介が呆れたように笑って約束してくれたのだった。


☆☆☆


誠の突然の転校に少し寂しくなってしまったけれど、そんな気持ちをかき消すような出来事が起こった。

「で、ででで、出た!!!」


大声で怒鳴りながら教室に入ってきたのは昼休憩中に体育館で遊んでいた淳だった。

5時間目が体育の授業だから一足先に体操着に着替えていた淳は汗をビッショリかいている。


「出たって、なにが?」

反応したのはユリだった。

ユリも今から更衣室へ向かおうと思っていたようで、右手には体操着の入った袋を持っている。


「ゆ、幽霊だよ、幽霊!!」

その言葉にクラス内がざわめいた。

みんなの視線が淳へ向かう。


「た、体育館で1人でバスケしてたら、別のコートでボールが跳ねる音が聞こえてきたんだ! それで振り向いてみたら……足のない男子生徒がバスケットボールを持ってたんだ!!」


はぁはぁ息を切らしながら説明する淳は小刻みに震えている。

相当怖い思いをしたのか汗だくなのに顔は真っ青だ。

「幽霊なんているわけねぇだろ」


功介が吐き捨てるように言うので、僕は慌てて「しー」と、人差し指を立てた。

淳は郁哉へ向けて気持ち悪いと断言してきた生徒だ。

あまり関わり合いたくなくて、教室後方のドアからそそくさと教室を出る。


男子更衣室へやってきた僕はさっきの淳を思い出してプッと吹き出した。

「幽霊なんているわけないよね」

と、功介と同じ言葉を呟けば隣にいる和彰が頷く。


「体育館の幽霊なんてどこにでもある学校の七不思議だな。淳はきっと幻覚を見たんだ」

「だなぁ。1人で体育館なんかにいるからそういうのを見た気になるんだ」


功介も同意している。

3人で体育館へ入っていくと、バスケットボールがふたつ転がされたままの状態で残されていた。


きっと淳が片付けもせずに逃げ出してきたんだろう。

「全く片付けくらいしろっての!」

功介がブツブツ文句を言いながらボールを片手で拾い上げてシュートする。


ボールはまっすぐゴールへと飛んでいき、ガコンッと小気味いい音を立ててゴールネットを揺らした。

「功介、こっちにも!」

ボールを拾った功介に和彰が声をかける。


功介がボールを投げるとそれを両手でキャッチし、ダンクしながらゴールへ走る和彰。

早い!

さすがスポーツバカだと言われているだけあって、和彰の足は信じられないほど早かった。


あっという間にゴールの前までやってきて、ダンクシュートを決める。

ボールは地面に打ち付けられて何度も跳ね返り、やがて止まった。


「すごいね和彰!」

僕は思わず拍手してしまう。


練習を続ければプロにでもなれそうに見えた。

「これくらい朝飯前だよ」

和彰はそう言って笑ったのだった。

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