第6話 報告
ユリちゃんと話をした後の僕はほーっとした気持ちになっていた。
実際にぼーっとしていたみたいで、いつもの3人組と一緒に教室のベランダに出て座っていてもその会話の内容が頭に入ってこなかった。
「どうしたんだよ郁哉。なんか様子が変だぞ?」
隣に座り込んでいた功介が心配そうに覗き込んでくる。
「ううん、なんでも……」
といいかけて口を閉じる。
ユリちゃんと話をしたことをちゃんと説明したほうがいいと思い直す。
勝手なことをしてと怒られるかもしれないけれど、覚悟を決めた。
「あのさ、誠」
「え?」
大好きなアガサ・クリスティーの本をパラパラをめくっていた誠が顔を上げた。
「僕、さっきの休憩時間にユリちゃんと話をしてきたんだ」
その言葉に誠はしばらくポカンとした顔になって、それから目を大きく見開いた。
「えぇ!?」
本がバサリと音を立てて地面に落ちる。
だけど誠はそれを拾おうともしなかった。
グイッと身を乗り出して「な、なんで!?」と質問してくるその顔は、早くも真っ赤だ。
「だって、なんかこのままじゃダメな気がして……」
やっぱり言うんじゃなかったかなと思いつつ、声が小さくなっていく。
「ユリちゃんと、なんの話をしたんだ?」
質問してきたのは和彰だった。
和彰は晴れた空に飛ぶ鳥を見上げている。
「その、好きな人がいるかどうか」
「えぇ!?」
またも誠の悲鳴に近い声が響いた。
「勝手なことしてごめん」
頭を下げる僕に誠の視線がうろうろとさまよう。
「ほ、本当だよ、勝手にそんなことして、ほんと、ボク困るよ」
それでもユリちゃんの気持ちが知りたいのだろう、怒る気配はなかった。
「それで、ユリちゃんの返事は?」
和彰に促されて僕は「うん、それが」と、話を続ける。
もうここまで言ってしまったのだから、引き返すこともできない。
「好きになりそうな人はいたって」
僕はユリちゃんの言葉をそのまま伝えた。
顔を真赤にしていた誠は戸惑った表情に変わり、そして視線を落としてしまった。
好きになりそうだったということは、結局は好きになれなかったということだ。
だから未だに返事がないのだとわかったんだと思う。
「その人って?」
誠がうつむいたまま聞いた。
言ってもいいんだろうかと、また悩みが首をもたげてくる。
だけどこのまま中途半端に黙っていたほうが、きっと誠を傷つける。
「誠だったよ」
僕がそう言った瞬間誠の肩がピクリと震えた。
それから小刻みに震えだし、しゃくりあげるような声が聞こえ始めた。
「誠、大丈夫?」
僕が心配して声をかけると、誠が顔を上げた。
誠の頬は涙で濡れて、だけどその顔が笑っていた。
「そっか。そうだったんだ」
何かを納得したように誠は何度も頷いた。
それから「良かった。良かった」と繰り返す。
「良かった……のかな? 本当にごめん、勝手なことして」
「いいんだ。これで良かったんだよ」
誠が僕の右手を両手で握りしめてきた。
そして何度も何度も「ありがとう」と繰り返す。
誠の涙がボタボタと僕の右手に落ちてきたけれど、僕はなにも言えずジッと見つめていることしかできなかったのだった。
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