第4話

☆☆☆


誠はユリのことが好きなんだろうか。

態度を見れば誰だってそう思うに違いない。


だけど今の誠は熟れたトマトみたいな頬はしれおらず、通常通りだった。

教室内を見回してみてもユリはまだ戻ってきていない。


「あのさ、もしかしてあの子のことが好きなのか?」

談笑を始めたとき、郁哉はこそっと誠に耳打ちをして質問した。


誠は再度顔を真赤に染めて慌てふためき「な、なんのこと!?」と、声を裏返した。

それはまるで自分が初めて転校を経験したときの自己紹介と同じで、思わず吹き出してしまった。


「誠、全然ごまかせてないよ?」

笑いながら言うと、誠は更に頬を赤く染める。

「そ、そんなことないよ。なんでそんなバカみたいなこと言うのさ!」


慌てれば慌てるほどに怪しく見える。

「別にバカなことじゃねぇだろ。誠はずっと我們ユリに片想いしてんだ」


誠の気持ちを暴露したのは功介だった。

「ちょっと、やめてよ!」

誠は功介の腕をバンバン叩くけれど、功介はびくともしていない。


「いいなぁ、恋愛か。俺もしてみたい」

そう言ったのは意外にも和彰だった。

3人の中じゃ一番モテそうなのに、誠を羨ましそうに見ている。


「和彰は彼女いないの?」

「いないよ。いるわけないだろ?」

その否定に仕方に僕は首をかしげた。


「和彰はスポーツばっかりしてるから恋愛なんて経験ねぇんだよ」

功介の言葉に僕はまた意外な気がして目を丸くした。

「スポーツしてる人ってモテると思うけど、和彰にその気がないんだね?」


「そういうこと! モテるくせに腹立つだろ」

と、功介は全然怒っている様子をみせずに言う。


恋愛はしてみたいけれど、今はスポーツの方が大切という和彰なら、きっとその気になればすぐに彼女ができそうだ。

「誠は、ユリちゃんに告白しないの?」


くりんっと首を捻って今度は誠へ訊ねた。

自分への質問はすでに終わったと思って油断していたのか、「え、なに!?」と、また慌てている。


「告白だよ告白」

隣を通り過ぎるだけで真っ赤になってしまうくらい好きなら、告白すればいいのにと思う。


「こ、告白は……」

やっぱり難しいことなのかな?

と思っていると意外な言葉がかえってきた。


「したんだ」

「へ!?」

今度は僕の声が裏返る番だった。

「うそ、告白してるんだ?」


「そんなに大きな声を出さないでよ」

「ご、ごめん」

慌てて声量を落とすけれど、好奇心がうずいて仕方ない。


この奥手でおとなしい誠が勇気を出して告白したなんて、嘘みたいだ。

「ど、どこで、どうやって?」


グイッと身を乗り出して質問すれば、誠は耳まで真っ赤にしたまま「放課後、手紙で」と、ボソボソ答えた。

そうか手紙という手があったか!


直接告白する勇気はなくても、手紙でならその気持を伝えることができたんだ。

「すごいな誠は、勇気を出したんだね」

誠はブルブルと左右に首をふる。


「で、その返事は?」

そう聞いた瞬間、3人の空気が氷ついた気がした。

これは聞いちゃいけない質問だったのかもしれない。


そもそもユリちゃんからOKをもらっていれば、廊下ですれ違ったときに会話があってもよさそうだ。

だけどふたりは視線すら合わせていなかった。


「返事はまだもらってない」

誠のか細い声が聞こえてきた。

消え入ってしまいそうな声に申し訳なさがこみ上げてくる。


「ご、ごめん、聞くんじゃなかったかな?」

振られたわけではないけれど、返事がないのも結構辛いかもしれない。

相手の気持ちがわからないままじゃ誠もずっと気になって仕方ないだろう。


「いや、いいんだ」

誠はそう言うとパッと顔を上げた。

ちょっと無理しているようだけれど、笑顔になっている。


「手紙にはなんて書いたの?」

「……好きな気持ちと、付き合ってほしいって書いたよ」


「それならちゃんと返事をもらわなきゃ!」

気持ちを伝えただけなら返事がなくても仕方ないけれど、付き合うかどうかの返事は必要なはずだ。


じゃないと誠はいつまでも宙ぶらりんだ。

「大丈夫だから、僕はユリちゃんを急かすつもりもないし」

「手紙をあげたのはいつ頃?」


「それは……えっと……」

記憶を掘り返すように空中へ視線を投げ出して、そのまま黙り込んでしまった。

きっと、相当前のことなんだろう。


そんな長い間誠を待たせているユリちゃんが信じられなかった。

華奢で誠実そうに見える子が、誠の気持ちを弄んでいるように感じられて腹が立った。


「まさか忘れられてるなんてことはないよね? それなら僕がひとこと言ってくるけど?」

「いいんだ郁哉。ボクは本当に気持ちを伝えただけで十分なんだから」


だけどそう言っている誠はどこか寂しそうな目をしていたのだった。

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