第31話 月の影 見上げる太陽②
風薫る二人組の
高校生がまだ経験も確証も無いままにも言うことを黙ってよく聞いていてくれたと思うのは、後からのこと。その時には、未来を変えていく方法のようなものを発見した嬉しさもあったのかもしれないが、自分が「信じたい」と思った考え方を説明していたのだろうと思われる。話す度に、自分が信じていく、というようなやり方をしていた。そういう話をしてしまうようなお姉さんたちは、目的を持っている人たちだった。未来を諦めてなどいない、予定を立てて毎日を重ねている人たちだった。そういう人と話せることが、奈々恵は嬉しかったのだ。
風薫る二人組は、驕ってくれた時に必ず言っていたことがある。
「お母さんには言わんでええからな」
「言わんときや。黙っておいたらええから」
笑顔での二人の言葉に奈々恵は甘えることにしていた。他には何も言わないお姉さんたちだった。お姉さんたちはあと一年ほどでこの町を卒業しようと思うという話をしてくれた。
「深追いはせえへんの」
「ちょーっとばかり足りないかなぁ、くらいでええねん」
あとはまた、二人で頑張って行こう、っていう話だった。奈々恵も多くは聞かなかった。うまくいくことを願った。
「生きて行きや。信じて」
「いつかちゃんと出てくるよ。奈々恵ちゃんがしたいこと」
お姉さんたちがそう言った日があった。
オオウソツキの宇津木さんにお金を取られたといって騒いでいたお姉さんともいつの間にか仲良くなっていた。あの事件以降に時々店に来るようになったのは、コーヒーの一杯を飲んでいるその間に、お金を持って逃げた男が万が一来やしないか、その情報のひとつでも何か手に入らないか、という思いで見張っていたのかもしれないと思っていた。お姉さんは「あかね」さんという名前だった。九州で生まれたんだって話していた。
午後のお茶の時間に何度も来てはカウンターに座って奈々恵に向って話し掛けるので、話し相手として何かがちょうど良かったらしい。
「なぁ、自分がやらんかったら、余った分を他の人が代わりにやっちゃうってことなんやろ? その天体の働きっていうの? 占星術の……」
「ええ、そうですね。投影するっていうか、ですね」
いつの間にか、奈々恵は少しずつ自分が学んでいる占星術の話をすることもあったので、路々の店内でこの手の話が聞こえ慣れてきた人からは質問されることもあった。
「あかね姉さんに起きたことも、別の形として似たような経験をしていたかもしれないってことですね」
「どういうこと?」
「自分の中の思い切り頑張ってアクセル踏んでいけよっていう時期が来ていたとして、それを自分で使わないままだと、代わりに他の人がそれをやってくれちゃったりするんです。例えば、火星だと競って勝ち取るぞっていうようなチャレンジをするということなんですけど、他者が代わりにそれやってるっていうのを見ることになったり、そういう人に憧れたり、ですね。自分が使うはずのエネルギーを近くの誰かが使ってしまったり。っていうこともあります」
「なぁ、じゃぁ……私が無くしたお金な。それが無くなってなかったとして、自分が何かに賭けたり投資したりみたいなことで、結局失いました、みたいなことも起きるってこと?」
「普通に」
「ええっ、普通にかいな!」
「おそらく、普通に」
「えっ、じゃぁ、結局は手元に残らんかったってことやん!」
「ええっ? どこかに賭けようとしてたんですか?」
「いや、増えるって言うからなぁ。ちょっと今がチャンスって言うから、なんていうか、賭けじゃ無くて、投資……かなぁ」
「賭けやん、それ! 姉さん!」
「ああ、でもほら、ナイナイ。ほら、持って行かれてしもたから」
笑い話になっていた。何年もかけて貯金してたっていうお金を持ち逃げされた事件があった。警察によるとあちらこちらで詐欺まがいのことをしていた常習らしかった。あれからどれくらい経過したのだろう。お姉さんの中では、悲しい話とか腹が立つ話というだけでは無くなって来ているようだ。
「投資やったら、取られて終わりやったなぁ、金額ももっと大きかったかもしれんのよ。たぶん、きっと」
「え?」
「あのなぁ、実は投資しようと思って支払いの準備をしたばっかりのお金やってん」
「はぁ」
「取られたことでショックで、投資の話は終わりよ、その後は一円も投資してないわけ。でな、その儲け話を持ってきた会社がな、潰れたんよ、最近」
「ええ、だとしたら、無くなってましたね、それは」
「な。そうやろ。じゃぁ、あいつは、腹は立つけどな、大難を小難にっていうことやったんかなぁって」
「ええ、ええ。そうですね。お金っていうか、金額だとそうなりますかね」
「じゃぁ、守ってくれたっていうことでもあるやん」
「はぁ……」
そのあたりからは、話を続けているお姉さんが乙女のように見えて来た。美登里さんも笑いを堪えてあかね姉さんの話に頷いている。乙女モードにギアが入っってしまったのだ。ここから先の話は聞くっていうより聞いてるフリでOKなのだ。
「悪いヤツやけど。元気にしとるかなぁ。まぁ、まともに畳の上では死ねん男やろうと思うけど。警察が言うとったの。他でも似たようなことしてる常習やって。でも、あの人、卵焼き焼いてくれたり、味噌汁作ってくれたりして、上手やったのよ。一緒にご飯炊いて食べて、美味しかったけどなぁ。……アホなのは私よね。あはははっ」
(なんか、いいよね)
奈々恵はそう思って聞いていた。この人はあの人を憎んでなどいないのだってことが わかった。
(あかね姉さん、男前やん!)
「そやっ。美味しい卵焼きの焼き方教えてくれたんよ。腹も立って、忘れてたけど。作ってみよ。お父さんがな、料理が上手で、小さい頃から一緒に作ったりして教えてくれたんやって言ってたわ。お母さんは居なかったって……あっ、いやっ。いややわぁっ。二人ともそんな目で。大丈夫やって。私っ」
美登里さんも黙って聞いていた、奈々恵も黙って聞いていた。
「しっかしなぁ……エライ高い卵焼きやんか、なぁ」
頷く二人を前にして、そう言うあかね姉さんは柔らかい表情をしていた。
「惚れたね」
ぽそっと呟いた美登里さんのひと言に、お姉さんは身をよじらせるようにくすっと笑った。
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