第24話 二人連れの理由②
休憩時間に入ったお姉さんたちが「路々」にやって来た。最初に入って来た今日のお姉さんは、いつ見ても仲良しの二人組だ。
この二人はこの町に三年ほど前にやって来たらしい。そして一緒に住んでいるのだそうだ。知らない土地で心置きなく一緒に居られるっていう話を店の中で二人から聞いたことがある。関係を隠してなどいない。二人でお金を貯めて、また次の目的に向うんだって先日も言っていた。
時にはこの二人にちょっと横に座れって言われて、クリームソーダを驕ってもらったりしている。この店のクリームソーダは、緑色のシロップに瓶の甘くない炭酸水の瓶を開けて、それを入れて作る。冷凍庫にある大きなボックスのアイスクリームをアイスクリームディッシャーで丸くしていく。出来るだけ空気の層が出来ないように何度も丸くなるなるように詰めていく。赤い缶詰のチェリーは定番。それを飾って出来上がり。美登里さんは手際がいいが、盛り付けにも才能があるというかセンスがいい。奈々恵は自分が偉そうだなと思いながらも、そう見ていた。自分で柄の長いスプーンとストローを持参して、お姉さんたちの横に座る。
「いただきまーす」
「はいーどーぞー!」
「暑いやろー、毎日大変やん」
学校はどう?とか、将来何になりたい?とか、あとはお笑い芸人のネタのことなどで、なんてこと無い話が多かったけれど、お姉さんたちの質問に答えるのは嫌では無かった。横に座ってしばらく話し相手をしながらクリームソーダのアイスクリームををスプーンですくっては頂く。
男勝りでハッキリとしたもの言いの
「あぁ、まず、あたしアイスコーヒーちょうだい! もう暑くて倒れそう。あ、ミルクもガムシロもいらんよー」
「私はもう、ご飯ね。日替わりは何かなぁ?」
「アイスコーヒー ワン」
今日は暑いねって話をしながら、美登里さんがさっそくアイスコーヒーの用意をし始める。「路々」のアイスコーヒーは市販品では無い、自家製なのだ。
「今日の日替わりは、厚切りのポークステーキ、ジンジャーソースです!」
奈々恵が美登里さんの声の後を追いかけるように、今日の日替わりを皆に聞こえるように伝える。
「あぁ、それ! 元気つけなあかん、それをお願い」
「私も頼むわ、出来たら持ってきてな」
「はい。日替わり二つでーす」
厨房に入っていったマスターに、奈々恵も大きな声を出してオーダーを通す。
「はいよっ」
マスターが料理に取りかかる。エンジンが掛かる。手前のカウンターの中では、美登里さんがアイスコーヒー用のグラスにアイスピックで割った氷をいっぱい入れて、熱い淹れ立てのコーヒーをそこに注いでいく。
何度見てもこの風景は飽きない。アイスピックで割っていった氷は形や大きさが様々、不揃いで、同じ形の氷は無い。自家製では作ることの出来ない透明な氷が涼やかで、注いだコーヒーの熱によってそれが一瞬の間だけグッと速度を上げて溶けて動く様が、グラス越しに美しく思えた。グラスの中で起きるこの風景を見るためには、濁っていないこの氷でなければならない。氷屋さんが毎日運んでくる大きなブロックの氷なのだ。
薫さんと風子さんの風薫る二人組は、朝からの体力仕事に加えて、この暑さだったので、早くも二人ともお冷やを飲んでしまって空にしていた。中の氷もガリガリと音が聞こえるので、食べてしまったようだ。お代わりのお冷やを用意して、アイスコーヒーと一緒に運び、新しい氷の入ったお冷やをグラスごと入れ替える。
「ありがとう。奈々恵ちゃん」
「いつもありがとうね。奈々恵ちゃん」
奈々恵の名前が店の中で呼ばれることも多くなった。看板娘第二号、何人かにはそう呼ばれていた。もちろん看板娘の第一号は美登里さんに決まっている。
カウンターに座って黙っている二人は、時々軽食を頼むことがある。見ていると二人ともが小食な感じだ。この日もまずはコーヒーを飲んで目覚めたのだろうか。少ししてからバタートーストとアイスコーヒーが二つ追加された。小さく二人の会話が行われた後の注文だった。話し合っている姿を見ることも珍しい。いつも黙っているから。
「あ…え…食べていくか?」
「はぃ」
彼女の名前だろうか。と奈々恵は思ったが、ハッキリとは聞き取ることが出来なかった。
美登里さんがお昼の忙しい中でどさくさに紛れて、通常は付いていない定食に付ける用のサラダを作り始める。底には一口大にちぎったレタス、その上に薄くスライスしたキャベツ、八分の一程度にカットされたトマトに斜めに薄切りにしたきゅうりを二枚、器の中に盛っていく。二人分。さらにゆで卵のスライスをそれぞれに一個分、野菜に添えて山高に盛って、酸味のあるドレッシングをかけて二人に出した。
「よかったらどうぞ」
美登里さんは押しつけたりはしない。自然に動いているように見える。いつもこの二人にはサラダを付けたり、フルーツを付けたり、何かしらサービスしているのを何回も見てきていた。そんな時でもこの二人は頷くくらいで話すことが無い。なかなかいこの二人の声を聞くということが無いのだ。
「ああ。いつもすまんね。いただいときや」
「あ、ありがとうございます」
突然、ぶっきらぼうな返事と、申し訳なさそうな細く小さな声とが続いた。
(久しぶりに聞いたー!)
同時にトースターで焼いていた食パンの厚切りがガシャッという音と共に飛び出した。美登里さんが用意していたバターを手際よく塗っていく。パンを潰すこと無く、全面にまんべんなくバターを広げて塗っていくのが上手い。自宅で何度か練習してみるが、これはまだ奈々恵はうまく出来ないのだ。パンがつぶれたり、パンくずがバターと混じって汚くなってしまう。美登里さんが塗ると、最後に少しだけ綺麗な黄色いバターがパンの上に残った状態でお客さんに出される。
この日、二人の声を聞いたのだ。聞こえたのだ。意味も無く嬉しくなった。奈々恵は食事が終わってアイスコーヒーを飲んでいるタイミングで、ポケットに入れて持っていた個包装の「飴」を女性の方寄りに二つ、カウンターの中から手を伸ばして並べて置いた。
「よかったら、どうぞ。あとで食べてください」
「へぇ。あっ」
小さく聞こえたその声には、確かに感情が入っていた。
「ソーダ味……」
「飴の中心からシュワッって来るヤツです」
女性はおじさんの方をチラッと見る。頷いたのを確認して、彼女は一つの飴を手に取った。
「ありがとう」
袋の表や裏側に書いてある小さな文字を見つめるかのようなしぐさをしながら、静かにストローでアイスコーヒーを飲んでいた。その姿はどこか幼く見えた。
しばらく後に二人はお会計をして出て行った。もちろん支払いは山田さん。仲良くとは言えない雰囲気で、それでも二人連れ立って出て行くのを見送った。立ち上がる直前に、もう一つの飴を手にとって奈々恵に頭を下げつつ、小さく笑って出て行った彼女がいた。
外を歩いているのを見たこともある。ある時には旅館の中で見たこともあったが、毎回二人は一緒に居た。いつの間にかそれは繰り返される度に当り前のように思えてしまうのが自分たちなのだと、後々考えることになるとは、この時には想像はしていなかった。
「ありがとうございましたー」
「ありがとうございま-す」
看板娘の二人が見送った後、片付けに入るのだが、カウンターに残された器は綺麗に空っぽで、二人ともが何も残すこと無く完食していた。飲み干された後のグラスの底には透明で不規則な形をした氷がまだ残っていた。
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