第18話 生活指導の教師と占い師の女③

 時々だが「路々」には、旅館に入っている占い師の人たちがお茶を飲みにやって来る。時間調整とか、誰かとの待ち合わせだったりもする。メイクとか衣装、雰囲気でなぜだか占い師の方?と思ってしまうようなものをそういう人たちは発していた。


 占い師に見える人たちは、コーヒーチケットを買うということも無かったので、常連とも言えないが、中にはよく来る人もいるらしかった。よって、奈々恵お得意のネーミング力が発揮されることは無かったが、常連のおじさんたちやお姉さんたちのようなこの町に居る、居続けているような気配とは違っているため、おそらくはこの温泉街の外側の町に住む人たちなのだろうと思われた。


 おそらくだが、どことなく占い師の彼らは緊張しているのだ。それは落ちつかない「来訪者」のような感じだった。誰のことでも簡単に取って食うようなあからさまに危険な町じゃ無いことは奈々恵がよく知っていたことだが、彼らは緊張している。


(占い師、なのに……不思議だね。この町を怖がっているのかっていうか、この町に住む人たちのことがわからない? っていうことのかな、占い師なのに?)


 その理由は、時間をかけて少しずつ判明することになるが、占い師の人たちがこの町の外側の町に住んでいるということに、そのヒントはあった。どうもお金持ちの人が占いを勉強して現場に出るという道があるらしい。



 今日も午後のお昼時間の店が空いた頃に、その占い師と思われるお客さんがやって来てコーヒーを飲んでいたが、いつもと風景が少し違っていた。七十代と思われる女性が一人と五十代六十代と思われる女性が二人の三人組である。占い師の雰囲気の三人組というのはこれまでみたことが無い。雰囲気からしてどうもその占いは、難しそうなもののような感じがした。


(なぜ三人なんだろう? どういう人たちなのだろう……)


 違和感、即それは何かを知りたくなる瞬間である。その人たち自体に興味は無いのだが、自分の中に湧いてきた違和感が何だったのかということを知りたいがために、対象を観察してしまうのが奈々恵だった。じっと見ないようにしながら、ものを動かす音とかに気を向ける。

 難しいことを話しているようで、話の内容はわからないままに、奈々恵の耳は反応する。話し声だけでは無くて、触っている紙物の擦れるような音やお冷やのグラスを置く音、身体を動かした時の椅子の音や、話し声のトーン、それらが大きくなったり小さくなったり、早くなったり強くなったり、考えて静かになったり、急に答えたり、声が重なったりして、その三人が奏でている音があることが面白かった。話し合いは一つの曲のようなもの、として捉えている奈々恵が居た。それは今日のこの場で即興で生み出された曲のようなものに思えて、ついついその音を聴いてしまうのだった。即興だからこそ、二度と同じ曲が流れることは無い。


 その三人組の一人は一番奥の席に座っている。他の二人は向かい側に並んで座っている。テーブルの上にはいくつかの書籍か資料らしいものが置いてあるが、それらは二人の女性のものであって奥の席に座っている七十代の女性のものでは無いらしい。おそらくこの七十代の女性が一番この三人の中ではその世界で古い人、あるいは先輩なのだろう。座り方にもどことなく余裕もある。背もたれに身体を預けているのは、この七十代の女性だけ。あとの二人はどちらかというと前のめりな状態に見えた。


 そこからは想像するのも楽しい。奈々恵のお気に入りの遊びのひとつである。気が付くといつの間にか、このアルバイトの現場でそのようなことを考えることが出来るほどに慣れてきていた。今日のこの三人が奏でているのは「奥へ、奥の方へと進んでいこうとする感じ」で、感情をぶつけ合うとか面倒を見てくれというような、この店の中で時折起きる人間関係とは違っているのだろうと思われた。


 まだ三人とも手元にあるコーヒーが空になっていない状態で、その七十代の女性は追加オーダーをしてきた。呼ばれた奈々恵が受け取った注文はホットケーキ三つと、それが出来てから後のコーヒー三つお代わり。オーダに間違いが無いか、数もしっかり確認し、焼時間が十五分ほどは掛かることも伝える。三人とも時間はあるらしい。テーブルに行ってみると、どうも勉強会の雰囲気のように思われた。


(きっと、この七十代の女性が先生として教えているのだろうな)



「お焼きするのに少し時間が掛かりますので、しばらくお待ちください」


「ね、食べるでしょ。食べれるわよね。おやつの時間でしょ。そろそろ」


 そう言って、他の二人の分も注文した。生徒さんか後輩への奢りのようだ。


「ありがとうございます。いただきます、先生」

「ホットケーキ好きです。先生、ありがとうございます」


 二人の女性は七十代の女性にそれぞれ軽く頭を下げて、すぐに手元にある資料に手を伸ばしていた。先生と生徒たち、という図だろうか。


 オーダーを奥に通すと、マスターは「三つね」と返してきた。「三つです」と確認すると「はいよ」と聞こえてきた後すぐにフライパンの金属音がする。


「あの人たち、時々来るのよ。奥の人が一番偉い先生。なんとかっていう占いの」


 美登里さんがそう言ったので、奈々恵の想像は確定となった。


「漢字がいくつも並んでる占いでね、難しそうなのよ、見てても聞いてても。でも結構当たってるし、未来のことまで言われちゃうと怖くなっちゃうわよね」


「知ってるんですか? っていうか占い、したんですか?」


 いつの間に観てもらってたんだろう……そう思いながら聞いた七色に、美登里さんは笑って答えた。


「そのうちわかるわよ」


(何が、そのうち、わかるんだろう?)


 そう思ったところで、奥の厨房でマスターが焼いている手元をチラリと確認した美登里さんが、ホットケーキが焼き上がる前の準備に取りかかり始めた。お皿を三枚マスターの近くに並べて置いた。この二人は黙っていながら、いつも連携がうまくいっている。

 奈々恵も後を追うように自分に出来ることを思い出して続いた。冷蔵庫を開けてバターを取り出す。美登里さんは新しいコーヒーを淹れる準備をしている。


 奈々恵は小ぶりのカウンター側用のまな板を出す。重なった二枚のホットケーキに乗せたり塗ったりするだろう三人分のバターのスライスカットを多めに。なんでも多めにしているのが「路々」なのだ。それを三つの小皿に入れる。メイプルシロップの準備も忘れずに。


 

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