【youtube配信小説】傷を負ったオリンピック選手が、海水浴場にいる
華々しい活躍の場、オリンピック。その舞台に立つことは僕の長年の夢だった。日本の代表としての使命を背負い、自分の極限の実力を発揮してメダルを手に入れる。僕の、憧れのオリンピックの舞台。
でも、それはもうやってこない。
僕は誰もいない夜の海水浴場に来ていた。ただただ、漆黒の海をぼんやりと見つめる。
「ああ、もうオリンピックも終わりか……」
そっと右足を撫でる。まだ少し痛むそこを撫でながら、今日の自分の競技を思い出した。
日本は負けないと思っていた。ライバルは数あれど切磋琢磨する仲であるし、自分は誰よりも強いと心の底から思っていた。
だが、負けた。自分のミスだ。自分のミスで右足を負傷し、日本は負けた。
いままであった自尊心はひどくあっさりと壊され、自責の念だけが残っている。もう消えてしまいたいと思うほど自分の存在意義など塵に等しいと思えた。
「僕、なんで生きているんだろうな……」
オリンピックで自分のせいで負けたことがひどく悔しくて、情けなくて、チームメイトにも顔向けできなくて。こうして、夜の海水浴場にいるのだ。
このまま、夜の海の藻屑となった方が良いのかもしれない。いいや、それだと日本代表が海難事故で死亡なんていうニュースになってしまう。それはチームメイトにも迷惑をかけるので嫌だった。
「お~い」
繰り返す自問自答と自責の念しかない中で、心配そうな声が後ろから掛けられる。そっと振り返ると、そこにはチームメイトの一人が立っていた。
「大丈夫……なわけはないよな。こんな夜の海水浴場にいたら風邪ひくぞ」
「いいよ。風邪ひいちゃえば」
「あ~やっぱりそう思うよなぁ~」
チームメイトはひどく軽い調子で返してくる。自分を責め立てないその姿勢が妙に心に刺さった。
「僕を責めないのか?」
「え、なんで?」
「僕のせいで負けたろ?」
「いや、全然?」
僕はポカンと口を開ける。今までの自責の念を吹き飛ばすほど、チームメイトはあっさりと答えたのだ。
「俺らはチームだろ? お前ひとりの失敗で負けるなんてありえないんだよ。負けたってことは、チーム皆が悪かったんだ。お前だけを責めるなんてないよ。それより怪我大丈夫か? まあ、大丈夫じゃないだろうけど」
本当にひどくあっさりとしていた。それどころか僕の心配までしてくる。
「競技終わった時から顔色真っ白だし、なんか気になってたんだよな。怪我もしてるし。やっぱ自分責めるよな~俺も同じ立場だったら俺を責める」
「本当に……ごめん。謝ってすむ事じゃないけど、本当にごめん……」
「謝るなとは言わんさ、俺だって謝る。とりあえずさ、お前泣いたら? 負けて悔しいって。泣いたら良いさ」
そう言われると、途端に涙があふれ出してくる。負けてから一度も泣いていなかったのに、泣く権利なんてないと思っていたのに。
「ごめん……グスッ、本当にごめん……」
「おら、泣け泣け。そんで明日には日本に帰って。美味いもの食べて、4年後に備えようぜ」
なんの躊躇もなく4年後を話すチームメイトに、僕は涙を流して鼻水を垂らしながら何度も頷いた。
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