第8話「二次試験:実技試験・後編」

 金髪の男がヒロの目の前に立つ。その立ち振る舞いだけで相当鍛えているのだとわかる。体幹がしっかりとしているし、横から少しだけだが手の平が見えたとき、そこには剣道のように指の付け根などにマメが出来ていた。しかしながら、私はその努力事態は素直に称賛するものの変わった人であると感じてしまう。なぜなら、彼は貴族だからである。普通、貴族階級がこの試験を真面目に受ける必要なぞないのだ。貴族は自分の嫡男が騎士団出身であるといえればそれだけで箔が付いたり威厳がありそうという理由で跡取り息子を騎士団学校に入れたり、下の子を騎士という警察組織と軍隊が合わさった組織の中で自分の息のかかった存在とするために裏口入学させていることが大半なのだ。見る限り魔晶石以外にも貴族階級を示す王笏のペンダントを下げているではないか。これは列記とした権威の象徴であり、貴族の息子ですと公言しているようなものである。

「……聞こえなかったか下郎退けといったのだ」

貴族の男は不快そうに槍の根元に近い部分と感覚を開けて槍の真ん中の部分とを握り、穂先をヒロの頭当たりへと向けるように構える。槍の正眼の構えだ。

「俺は『ゲロウ』って名前じゃないヒロだ。間違えないでくれ」

ヒロは剣を構えて応戦を示す。

「いやヒロ君。『下郎』って言葉の意味わかってないでしょ?」

「……」

私の突っ込みにヒロは沈黙で応える。目は口ほどにものを言うと言われているが本当である図星なのがありありと伝わってきたからだ。ついでに言うと下郎とは身分の低い男性のことである。

「どうやら立場をわきまえていないらしいな」

貴族の男は戦う気だが説得できるかもしれない。貴族にとっては遊びにすぎないのだろうから。

「その前に、貴方は貴族でしょう?こうして戦う必要はないでのは?」

「悪いな、おれは子爵の三男坊だ。そこまで親が気を回してはくれない……それにそんなものなくとも自分の腕一つで十分だ」

どうやら私たちと同じ競争側であったらしい。ボンボン息子にしては自身に満ち溢れているがそれを裏付けるような努力の痕がある。まぁ、魔王の私はともかくとして今のヒロでは少し厳しいかもしれない実力差が開いてしまっている……いや、私が少しお膳立てすれば勝てるかもしれない。

「……目の前で泣いてる奴いてほっとけねぇに決まってんだろ」

ほら、ヒロもやる気満々だ……決めた少しばかり手を加えはするがこの貴族をヒロの最初の壁にしよう。

「ふん、下郎風情が高い志を掲げているところで実力が無ければ意味がないのだ!」

そう言って貴族の男はヒロ……ではなく回り込んでヒロの後ろにいた標的であるピンク髪の少女に襲い掛かった。この男身長が180はあるというのにサッカー選手も驚くほど俊敏に動いている。能力を制限している私では目で追うのがやっとである。しかし、ここでこの少女がやられてはヒロのやる気に影響してしまうためここは庇うことにしたので私は貴族の男と腰を抜かして倒れこんでいる少女の間に割って入り、斜め下から刺してくる槍の穂先を剣の鍔と刀身の間に挟み込んで動きを封じる。

「てめぇ!卑怯だぞ!」

ヒロが背後から貴族の男の行動を糾弾する

「同感です。真剣勝負の空気の中で不意打ちで女性を襲うとはこれではどちらが下郎かわかりませんね」

「抜かせ、この場で一番点を確実に稼げる手段を取ったまでだ」

私が剣を上に持ち上げて相手の槍を離した瞬間に貴族の男はそのまま槍を振り下ろしてきた。槍は突くイメージが強いが払いや叩きなどの使われ方もする。下手をすれば日本の槍は突くより叩くことが多いらしいくらいだ。聞いた話では瓦が数枚割れるほどの威力だそうだ。つまりはとても効果的な攻撃をされるという訳である。直撃すれば頭はぱっきりと割れてしまうだろうが、そうならないために剣を頭の上に構え、剣の切っ先を地面に向け自然と槍が下に流れるようにする。まぁ、貴族の男の動きからしてフェイントしたがっているのが見え見えだがここはあえて乗ってやることにする。すると、貴族の男は私の読み通り上から真っ直ぐではなく途中で横薙ぎに切り替えた槍の穂先部分ではなく石突の方を向けて私の脇腹を狙ってきた。

「ぐぅっ……」

私は静かに脇下に魔力で作ったシールドを用意し、ダメージを最小限に抑え、少女の服を掴んで吹っ飛ばされた。あえて痛そうな振りをしておく、追撃されては面倒だ。それと最後の仕上げとして久しぶりに銅貨に魔力を込め、回転しながら投擲する。

「なんだ?どこを狙っている?」

「いえ、ちゃんと目標通りですよ」

私が投げた銅貨は少しだけ魔力を込めたこともあって貴族の男に簡単に防がれてしまう……だが上々だ。これでヒロに対するお膳立てを整った。あとはヒロの頑張り次第である。

「後は任せましたよ、ヒロ君。お姫様はこっちで保護済みですから」

横を見ると、ピンク髪の少女は無駄に、本当に無駄にデカい乳を垂らしながらグルグル目で伸びていた。魔晶石も割れてないし、セーフだろう。

「あぁ、任せろ。こいつぶっ飛ばしてやるからよ」

そう言って、ヒロは剣を構える。

「実力差もわからん者に負けるほおれは弱くはないわ!」

貴族の男は先ほどの正眼の構えとは違い、体を守るようにして穂先が地面を向くように斜め下に構える。対してヒロは野球のバッティングフォームのように刀を立てて頭の右手側に寄せ、左足を前に出して構える八相の構えをした。

「きぇぇぇぇ!」

猿の雄たけびのような声を上げてヒロは全力で次の攻撃のことなどみじんも考えないで斬りかかっていく、対する貴族の男は槍を振り上げてヒロの腰辺りを攻撃しようとする。ヒロは剣を振り下ろし槍と剣の刃同士がぶつかり合う。そして、槍の穂は根元からぽっきりと折れてしまう。

「馬鹿な!俺の槍が!?」

貴族の男は驚くと共に理解した。あの女がコインを投げてきたとき、あの時狙っていたのはおれではなかった……槍の方だったのだ。そう気づいた時にはおそく自分の得物はもはや使い物にならなくなってしまったのだ。ヒロと距離を取ろうとする貴族の男だったが、その前にヒロは刃のなくなった槍の柄を掴んで引っ張り上げる。

「なんて馬鹿力だ!?」

両者力比べをする間もなく貴族の男はヒロの馬鹿力に負けてしまう。そして、貴族の男はヒロの頭突きを喰らって脳震盪となってしまうと同時に男の魔晶石が砕け、空へと光となって飛んで行ってしまった。


「いよっしゃぁぁ!」

完全なるヒロの勝利であった。私が自分の魔晶石を確認すると170点となっていた。大いなる一歩を歩めた気がする。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る