第一章―――学園生活は幕を開けた。

第1話「英雄愛好家の始まり」

 小麦色の光が電気の消された教室に差し込まれている。隊列を組むように並べられている教室や緑色の黒板が自ら光を照らしているように夕日を反射していて、窓枠のせいで縞模様になっている。チャイムの鐘の音が学校中に響いていて、外からは学業と言う拷問のような時間からの解放され、自由の空気を堪能する学生の歓喜の声が響いている。しかし、一方でこの教室内では明るい空気は流れておらず、むしろ暗い空気となっていた。中学生たちが教室の隅で集まっていた構図としては一人の少年を三人四人の年のわりに体が大きい少年たちが囲んでいた。

「このときをまってたんだ……」

その中でもひときわ体が大きい子が取り巻きと思われる子達より前に出てきた。そのひときわ体が大きい少年はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて拳を振り上げて、囲んでいる少年の腹を叩いた。

「おらぁ!」

「……楽しい?」

殴られた少年は痛みにひるむふりすらせず、少年の顔を感情の一切が灯らない冷たい目でただただ殴ってきたリーダーのガキ大将風の少年を凝視していた。

「へっ!笑いもしないし泣きもしない相変わらず気持ち悪りぃやつ」

ガキ大将は張り合いがないとどこか退屈そうではあったがそれでも誰かを殴ってもこの少年は文句の一つすら言わず、先生にもバラさないだろうと高を括っていた。

(どのタイミングで殺してやろうかな……)

しかし、ガキ大将やその取り巻きは知らないことだろう。自分たちが対峙しているのは人の死という罪に対し背徳的な愉悦を覚える破綻者であるということに……確かに先生にいじめのことを口にすることも殴られたことに対して文句を言うこともない。ただ、明日の朝日を感じることは無いというだけで……少年は今ここで殺してもよかったのだが、下手なところで殺しては誰かにばれるし、見られる可能性が高い。だから、ここはじっと我慢する。あとで殺す時にそれ以上の喜びが待っているから。

「まぁ、いいさここで死なない程度にボコボコにしてやんよ。お前今からサンドバックな!」

「おっ!タカさんやっちゃいます?」

「やりすぎないでくださいよ~ばれたらまずいですから~」

取り巻き達がガキ大将の威勢のいい言葉に釣られ鼓舞するような調子のいいことを抜かす。その時であった……

「先生!こっちです!」

教室の外の廊下で誰かが叫ぶ声が聞こえてくる。何やら大人の声もだんだんと近づいている。

「この声……やべぇ!体育教師の山センだ!」

ガキ大将の少年は自分が苦手どころか嫌っている先生が来ていることを察し、教室の窓から出て行った。ここは一階なので怪我の恐れはないからだ。

「君!大丈夫かい!」

竹刀片手に教室に入ってきた担任の先生が少年の方に駆け寄って来る。先ほどのガキ大将共の行動を察していたのか少年の安否を心配していた。

「大丈夫?」

担任の先生以外にも少年の安否を心配する声があった。それは十年来の親友であった。

「えぇ。大丈夫です」

少年はそう言って立ち上がった。その様子に担任の先生は

「そうか、ならよかった。後であの悪ガキどもについては保護者に報告して職員会議でどうにかするさ。だから、お前は安心しな」

と、安心させるようにな言い方で少年の型をポンポンと叩いた。その中には確かな教員としての責任感と天性の真面目さを感じられた。

「はい。ありがとうございます。山岡先生……」

そう言って少年はびっきらぼうに答える。

「おう、じゃあお前らさっさと帰って勉強しな」

そう言って担任の先生は去っていった。助けを呼んだ少年はその背中を見ながらほっとする。よかった……先生や彼らがよかった……心の底から安堵の息を吐いた後、今回の事件の台風の目である幼馴染の親友の方を向いてじっと顔を見る。

「……?どうしました?愛する人モナミ?」

先ほど山センに対するような口調ではなく、ですます口調で相手をフランス語を使って呼ぶという独特の喋り方になっていた。これがこの男の本性であり、素なのである。この姿を家などのプライベートの時以外に晒すのは俺と二人きりの時か、殺人の時くらいである。

「いや、なんでもない。ただおまえにこれ以上殺人はさせないと思っただよ」

「ほぉ?立派な心掛けですね。でしたら……」

少年は何処か嬉しそうにしながら逆に警告をしてきた。

「私を殺す覚悟で挑むみなさい」

少年の頭をよぎったのは親友の手で直接殺されること、今まで自分が殺してきたもの達と同じように、ただ命を奪われる光景を幻視した。少年……後に現代のジャックザリッパ―と呼ばれるようになる人物は、その妄想と想像にそれ以上の喜びは自分にはないのだろうと悟りながら、恍惚とした笑みを浮かべた。


 ハァハァと荒い呼吸を吐きながら10歳ほどの年齢の少年ヒロは目を覚ました。手で頬を拭うと汗が薄い膜のように体に張り付いていた。先ほどから寝ていた部屋がガタガタと小刻みに揺れている。どうやら、部屋だと思っていた場所は幌馬車の荷台だったようである。それと同時にヒロは先ほどまでの記憶を思い出していた。

「あぁ、そうだ。僕転生したんだ」

ヒロは重要なことを最初に思い出した。そう、あれは10年前である。ヒロとして生まれる前のいわゆる前世ではとある殺人犯を専門に追いかけていた刑事だった。刑事として彼、ジャックをこの手で殺す覚悟で追いかけていた。きっと、俺とあいつが相まみえればそうなるのは必然と言えるほどに俺たちは奇妙な縁と絆で結ばれていたからだ。だが、結局前世ではその使命は果たされることは無かった。俺はジャックを追いかける途中で別の事件と偶然関わってしまい、奴と一緒にその事件を解決することになっちまった。結果としてその事件は解決することができたのだが、わかりに俺は犯人の凶弾に撃たれてあいつジャックの目の前で死ぬという俺にとってはこれ以上ない最悪な最期を遂げることになってしまった。そして悔しさを胸いっぱいに抱えて意識が途切れたと思ったら……

「こうして小さな商人の一人息子として生まれ変わっちまったんだ」

寝ぼけていた頭で今までの経緯を振り返ったヒロはどこか寂しさを覚えていた。なにせ、ジャックとの約束を、自身の生涯にわたる目的を果たせなかった自分にとって今更第二の人生を得たとしてもやりたいことがないのだ。ただ、それでも前に進まなければいけないのは彼にもわかっていた。だから……

「お前みたいな悪者は俺は裁き続けるよ。ジャック……」

彼は警察だった。悪をさばく側だった。元々は反社会的精神を持ったジャックにどうしようもないほどに執着し合った結果、反対の社会の模範としての道を行った彼はその社会的模範である正義の味方という姿に執着することでしかジャックとのつながりを感じられないからである。

「おーい!さっきからなにブツブツ言ってんだヒロ。起きたんならさっさと父親の仕事を手伝えってんだ!」

「はーい!わかったよ父さん!」

父親に声をかけられ渋々父の仕事の手伝いと言う名の雑用を任されたヒロ。いつもなら、めんどくさがりながらやるのだが今回は真面目にやる理由があるのだ。

「しっかし、しがない商人である俺の血から騎士様が生まれるとはね、世の中何があるかわからんもんだと思わんかヒロ?」

そうなのだ。ヒロはブリタニア王国の騎士になるべく騎士団養成学校の特例学生として通えることとなったのだ。特例学生というのは平民階級の者の中で魔法もしくは魔術が扱える才能を持った人たちのことを言う。普通は家系で受け継がれてきた魔法や高い魔力を持っている貴族や王族などの上流階級が通うものだからだ。それ以外だとしてもやはり円卓騎士となり、それなりの地位となった平民だった一族の家系や高い魔力をもったものを妻とすることをステータスとする成金などが多い。

「そうだね。きっと母さんの血をおかげだよ」

「へっ、ガキが抜かせ……」

そんな風に軽口を叩きながら父親は何処か安堵した顔をしていた。それは若くして苦労してきた自分と同じ道を辿らないとわかった故の安心感であった。金もなく、地位もない貧乏商人であった彼でも息子だけは別なのだ。その人間味こそが彼の強さでもあり、商人としての弱点でもあった。

「なぁ、ヒロ」

「何父さん?」

後ろ側であっても父の真剣な顔に不思議そうな顔をするヒロ。

「お前は正しいことだと思ったことだけして生きろ。嫌なことは誰かに頼るなり逸らすなりしてどうしかしてもいい。でも、逃げんじゃねぇぞ」

「……うん」

前世で幼くして両親をなくしたヒロにとって初めて向けられる無償の愛情というものがどうしてもくすぐったかった。それでも心が温かくなるこの感覚は嫌いではなかった。そして、小さく相槌を打った後に父親の背後を向けた瞬間――


――――横殴りの衝撃が馬車を襲い、馬車から投げ出されたヒロの視界は暗転し地面を眺めていた。


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