第8話「幼少期の終わり」

我解。それは魔法の奥義。魔術を体系化された超能力であるとするならば魔法は超能力そのもに近いのかもしれない。技術ではなく感覚で発動する異能であり、似たものはいくつもありはするものの一部例外を除き一つとして同じ魔法は存在しないのである。そして、生まれつき持って生まれる才能そのものであり、生まれつきもたないものは少なくない。だが、多くの魔力を持って生まれたもの特に騎士の家系の者の中で魔法を持たない物は少数である。それは、ルナにとっても例外的なことではなかった。

「我解……ものにしていたか」

ドラキュラはシルクハットのつばを剣を持っていない方の手で掴んで目元まで下げる。その顔にはどこか緊張気味であった。

「……どうした?にかかってこないのか?」

それはドラキュラの発したものではなくルナによるものであった。今のルナは服装以外ドラキュラと全く遜色ない状態だった。顔や体格、爪の状態や髪形に至るまでそっくりだった。これにはドラキュラも冷や汗を垂らしながら言いようのない違和感と気持ち悪さを覚えた。まるで……鏡を見ているような感覚に陥っていったのだから。

「口調をまねるだけで勝てると思うなよ!」


龍の鉤爪ドラゴニッククロー


ドラキュラは剣に魔力を集中させて、頭の上に振りかぶって真っ直ぐ振り下ろしたと同時に真空の刃を複数飛ばしてきた。重力に引き寄せられるようにすべての真空の刃はルナに集まっていく。普通であれば全身を引きちぎられることだろうが、この状態のルナはそうはならなかった。


龍の鉤爪ドラゴニッククロー


なんとルナも同じように剣を振るって真空の刃を同じように飛ばした。異なる真空の刃たちはぶつかり合い、塩が水に溶けるかのように空中に溶けて行った。つまりは、相殺されてしまったのだ。この行動の違和感に真っ先にドラキュラは気づいた。一緒なのだ。技だけではない。消費した魔力の量、動き、癖……癖?

「まさか、お主……模倣しているのか!?吾輩そのものを!!?」

「ほぉ、流石じゃな。これ程早く吾輩の我解の正体を見破るとは腐っても魔王という訳か」

そう、ルナの我解【泥仕合名人スワンプマン】の能力は模倣。筋力、魔力量はもちろん、扱える魔術や口調……果ては歩き方や癖などすら再現する魔法なのだ。元々、ルナの持っていた魔法は【《チェンジウーマン》】模倣すると決めた対象の思考や癖を分析し、その相手の姿かたちそっくりに変身するという。一見派手さもなにもないような魔法だった。しかし、我解を使うことによってそれは大きく化けた。外見だけの模倣変身を戦闘能力などにも適応させたのだ。ドラキュラが圧倒的な魔力量を持っているのであれば、同じ量の魔力を持てばいい。圧倒的な筋力による差があるというのなら、同じ体格の同じ力を持てばいい。そうして徹底的に相手と自分との違いと個性を消してしまう。良くも悪くもルナとドラキュラは同じ土俵に立ったのだ。そして数少ない違いである仕込み杖の魔剣はルナが鼓膜を破いたことにより無力化されてしまっていた。魔術を使っても同じ技で相殺されるだけ、使える手立てと言えば……

「素直な棒振りという訳か……」

「よければ、一手御指南願おうかの?」

諦めたかのようにドラキュラは自分たちが持っている剣の間合いにまで近づいていく。ルナの思惑通り、ドラキュラと張り合える数少ない戦い方、魔術や魔法を使わないただの剣術による勝負。つまり、ドラキュラの勝っていた戦いによる経験以外差がない状態なのだ。

「「………」」

王道のままに剣を体の中心に沿うように持ち、正眼の構えを両者とも同じように取った。じりじりと互いに一歩ずつ近づいていき剣同士がふれあい、十字を作り始めた。先に動いたのはルナの方であった。ルナは垂直にドラキュラの目を狙おうと刺突による剣の動きを放った。無論、ドラキュラは反射的に体に染みついた動きで剣を斜めに構え刺突の軌道をずらそうとした。が、相手は前世快楽殺人鬼で、現世では実の肉親を自らの快楽の為だけに騙し殺すような女ルナだ。真っ向勝負だけするはずがない。刺突だった剣の軌道はルナの手首のひねりにより横凪ぎの小手打ちへとたちまち変化するのだった。ドラキュラは一連のフェイントを見切っていた。目に攻撃が来るより、手首に来る方が対処しやすいからだ。ルナの横凪ぎの小手打ちを魔力硬化と強化の二重魔術をかけた前腕で刃がはい横の部位を叩くことで防いで見せた。

「年季が違うんじゃよ!」

そう言いながらドラキュラは剣を握っていた方の手で。剣術のけの字もなく剣の鍔でただただストレートに殴り掛かったのだ。その一撃はドラキュラの姿をしたルナの鼻っ柱を折るには十分な威力だった。だが、ルナも只ではおれなかった。ドラキュラが右手で殴りかかったことで脇下がガラ空きなのをルナは決して見逃さなかった。そして殴られた衝撃がまだ消えていないというのに左手で貫手を作り、魔力で強化して突き刺した。

「グっ……」

脇下を指した瞬間ルナは確信した。人数えきれないほど切り殺してきた経験からあばらの間を通ってドラキュラの心臓を貫いたのだと、手の感触からはっきりとわかった。そして、ルナは手を脇下から抜いて、互いに距離を取った。

「あの一瞬でこんなことをするとは……相変わらず隠し玉が多い奴じゃわい」

心臓を貫かれる。普通ならば、死ぬところだが吸血鬼としての生命力があるおかげでそうはならなかった。だが、もう魔力は練れないとルナは確信していた。だからこそ、我解によるドラキュラへの変身を解除した。この世界の生命は血の脈動によって魔力を全身に宿している。その大本である魔力の炉心臓を潰されるとは魔力を使えないということである。魔物などを倒す際の常套手段などにも使われるのだ。迷宮にもぐる冒険者時代に学んだことだ。

「はっ、死にたくないと年甲斐もなく怯えていたというのに……どうしてかの……体のおもりが抜け落ちたような気分じゃ……」

ぷしゅぷしゅと定期的に脇下から流れる血を左手で拭い、真っ赤に染まった血を眺めているドラキュラ。そこには安心しきったような、憑き物が落ちたような仄かな笑みを浮かべていた。だが、目の闘志はまだ死んではいなかった。その目には若さが戻っていた。

「まったく笑えるわい。騎士としての誉れなぞ等に捨てたはずだというのに……」

乾いた笑みを浮かべながら魔王となってしまった騎士は剣を斜め下に落とし体で隠すように構える脇構えを取った。

「我が名は円卓十三席ガラハッド!わが生涯最後剣受けてみよ!」

その顔は若々しさを取り戻したものだった。

「いいでしょう。私はルナ・フォン・ドラキュラ!次代の魔王!その勝負受け手たちましょう!」

呼応するようにルナは剣を頭の真横に持ち手が来るように八相の構えを取った。そして、突進と共に剣は振り落とされた。


我、死を恐れる者タナトフォビア


ドラキュラは斜め下から切り上げるようにルナの胴体を狙って剣を振るう……そして対照的にルナは剣を鎖骨に吸い寄せられるように袈裟斬りを放った。


【――――――――】


最後にドラキュラ……いや、ガラハッドはその技の名を聞いて騎士として敗れた。


「あぁ、やっとです。やっと貴方を……殺せた。やっとです、この日を待ちわびていました」

頬を紅く染め上げて、腹から下が無くなった魔王の抱きかかえながら口角が目に届かんばかりの笑みを浮かべるルナ。

「……そうか。それでいい。魔王となるお主はそれでいいのじゃ、狂気に生きるが良い、異常に生きるが良い。そうでなければお前は生きられないのだから」

「えぇ、激励感謝いたします師よ……」

そう言って魔王はルナの首筋に二本の八重歯を突き立てた。ドラキュラが血を分ける与えるともに段々とルナの肉体は変化していった。歯がすべてナイフのように尖り、目はワインのようは血とはまた違った色合いに変化し、猫のように鋭い目となった。

「この時を待っていました。私は魔王ルナ・フォン・ドラキュラ。世界で一番悪逆な存在となりました……では、まだまだ下準備は終わってはいませんが開始地点にはたどり着きました……私の、私の為の私による計画。言うならば『』といったところでしょうか?」

――――その時、魔王が生まれた。

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