第7話「英雄愛好家と吸血鬼」

 乾いた木々が互いに衝突する。舞踏会をしていたであろう踊り場と呼ばれる場所でカンカンと音を響かせながらテンポ良くそしてリズミカルに一つの演奏かのようにぶつかり合って音を奏でている。その音の原因は二人の人物によって奏でられていた。二人は手に同じような木製の剣を持っていてその木剣をお互いに打ち付け合っていた。内一人は、貴族のようなスーツにマント着込んだいかにも貴族風の男魔王ドラキュラ、もう一方は、動きやすいシャツを着こんでいるが女性特有の丸みを帯びた手足をしており、その胸は悲しいほどに平たかった。しかし、彼女の持つクリーム色の髪や狂気の見え隠れする笑みを浮かべであろう柔らかな唇は彼女自身のコンプッレクスを否定するかのように不思議な魅力の魔性を放っている女性ルナ。吸血鬼とその弟子である彼と彼女たちは木剣で撃ち会い瞬間瞬間に十字を作っていた。だが、亀の甲より年の功とでもいうべきか師である吸血鬼の方が上回っているようである。それを証明するようにドラキュラはルナの木剣をルナの手から離れるように宙に打ち上げて武装解除してしまった。振り上げた木剣をドラキュラはルナの眉間に着くかつかないかのぎりぎりの距離で突きつける。

「チェックメイトじゃ」

ドラキュラは淡々とそう発言するが自身の勝利を確信したかのようにどこか微笑みを浮かべている。

「……参りました」

両手を上げてルナは自身の負けを宣言する。その回答にドラキュラは満足したのか「ふっ」と少し笑った後に腕を脱力させて剣の切っ先を地面へに向ける。

「これで50戦中吾輩が15勝でお主が14勝、そして21引き分けじゃ随分と腕を上げたようじゃなルナ」

ドラキュラは飛ばしたルナの持っていた木剣と自分の木剣を武器立てにしまい込む。後ろ姿は見えないが背中は小躍りしているように左右に揺れていた。

「……一勝負けてるじゃないですか」

「何を言うか魔王と互角に打ち合える人間がこの世界でどれだけいることか、世界最強のブリタニア王国の円卓騎士隊長と同等だぞ?」

そう、そうなのだ。それでもどれだけ差を縮めても最後の一歩、最後の一勝がどうしても踏み出せないのだ。

「……まだ満足いかぬという顔じゃな」

ドラキュラは私の不満を見抜いたのか振り返りながらコソコソするかのように静かに話しかけてきた。

「えぇ、少なくとも貴方を超えて魔王となるまでは」

この魔王城で修行生活をして早二年弱。人間としての限界値まで成長したという自覚を感じる。感じてしまっている。

「そうか……」

私の言葉を受け取った伯爵様は先ほどの嬉しそうな空気はどこへやら、眉と唇を固く結んで踊り場を後にする。その空気には何かしらの決意のような者が紛れていた。


 その日、ルナはいつものように暗く寒い魔界の山の峰の道を歩き、日課の薪割りを終えて、居間で黒々と燃える魔樹の薪を突きながら暖炉を取っていた。そうしてどれだけの時間がたったことだろう?

「伯爵様遅いですね……」

少なくともここで小一時間は待っていただろう。それでも伯爵様がこの部屋に来ないのはここ二年間一回もなかったことだった。ふと、薪を見ると残りは後数本分しか残っていなかった。

「…………」

ここ二年間殺人しゅみを禁じ、無欲的に修行に打ち込んできたが自分の体にしみ込んだ勘と言うやつは中々落ちてくれない物だ。特にそれが自分の本能と言えるほどのもであればなおさらである。そう、快楽殺人鬼としての勘と言うものが私の中で歓喜にあえいでいるのを感じるのだ。禁欲を終わらせ、解禁する時なのだと……私は

気づけば席を立ち木剣ではなく、鋼の真剣を帯刀して伯爵様を探していた。伯爵様は案外簡単に見つかった。そう、いつもの踊り場にいたのだ。

「こんなところでどうしたんですか伯爵様?」

「……ルナか。待っておったぞ」

伯爵様……魔王はいつぞや私と戦った時に使っていた黒いカラスの頭の持ち手で出来た仕込み杖を持っていた。その剣呑な空気はただの鍛錬ではないと口外に伝えていた。

「いきなりどうしたんです?そんな風に戦う気しか感じられませんよ?まさか、私の才能に嫉妬でもしましたかぁ?」

「そのまさかじゃよ」

魔王のその言葉にルナは空いた口が塞がらなかった。皮肉や冗談、あるいは挑発の意味を込めて言った言葉であってまさかそうだとは微塵も思っていなかった。自分と彼との間には人と蟻ほどに差があると理解しているのだから

「……お主がこの城に来てもう一年と8か月じゃ、たったそれだけの期間で魔法も魔術も使わぬ剣術だけの勝負でお主は吾輩と張り合えるようになってみせた。師事するものとしては大変喜ばしく、達成感に満ちたものであると思う。思いはすれど――それ以上に

そう語る魔王の顔はいままでの余裕ある尊大な態度とは打って変わって目を大きく見開き、恐怖で口を歪ませている。

「そうであろう。羽虫と人ほどに離れていた差が気が付けば人と小動物ほどに縮まっているのであるからな、元々吾輩はお主を鍛え上げそして死ぬことで魔王の座を譲る気だった。その腹積もりじゃった。じゃが、いざその時が近づいていると実感したとたんに吾輩は恐ろしくなった。自分の死が、消滅という現実が、吾輩にとってどうしても苦痛であった。故に――――――吾輩の脅威の目を今、ここで確実に摘んでおかなくてはいけないのだ」

そう言って魔王、いやドラキュラは杖から隠された刀身を露わにする。その刃は以前と変わりなく、殺意に満ちた光沢を放っていた。

「左様ですか……伯爵様、いえ、魔王よ私は貴方を誤解していました。あなたは誇り高き吸血鬼にして威厳に満ちた魔王であると理解していました。ですが――――――貴方はただの矮小な生き物に過ぎません」

そんな老害にすら満たない臆病者に負ける道理はないし、負けるつもりもなかった。

私は自分のその時の顔は見ていなかったが、鏡がなくともどんな顔をしているか理解していた。


――――泥の中を必死にあがく虫をさげすみ貶めるような顔をしているに違いない。


そうして私は応戦の意を示すように剣を抜刀した。先手を打ったのはドラキュラからだった。持っている剣を普通の杖のように持ちながら下から振り上げてくるように見えるが、それはただの可能性の一つに過ぎない。剣ではなく、より広い目でドラキュラの手を見ると、なんと腕と剣が上下左右それぞれの方角に斬撃を放つように四つに増えているではないか!!しかしながら、ルナは幻を見せる魔術の一種なのだろうと冷静な判断を下す。見たこともないが臆病者のやりそうなことであると。恐らく、見えている四つの剣の内どれか一つが本物だならば、対処法はただ一つ。

 

 ルナはまともに打ち合うことなく後ろに勢いをつけて下がっていった。剣の間合いから外れドラキュラの攻撃は掠ることなく回避されてしまう。簡単な話である。防ぐことが難しいのならば当たらないようにすることにリソースを裂く。戦いの駆け引きの内にも入らない基本的なことである。

「初見であれを見破るか……ならば!」

剣を地面に、杖の取っ手であったカラスの頭が上になるように、くちばしがルナの方になるように突き刺す。魔力は剣の柄頭に集約していく、作り物であったはずの石製のカラスの頭のくちばしは大きく開かれた。ルナは魔力探知を発動し、次の行動に備えようとしていた。ドラキュラは耳を魔力硬化していた。


軍神の双肩フギン・ムニン


意思を得たカラスは生の喜びを表すように絶叫する。その絶叫は踊り場のステンドガラスすべてを粉々に粉砕してしまった。

「ぎゃぁぁぁぁ!!!??」

当然、ルナも無事では済まない。耳鳴りと魔力制御能力の乱れの二つを喰らい。地面にのたうち回っていた。

「吾輩の杖はな、魔剣なのじゃよ。魔力を流すことで破壊音波を流し持ち主以外にその音を聞いたものの魔力制御と聴力を破壊するのじゃ。いくら魔力硬化しても無駄じゃよ。音自体は聞こえるからな」

そして、ドラキュラは床に丸まっているルナに対して腹に蹴りを入れる。常人を超えた吸血鬼の全力の蹴りを喰らい。壁にぶつかるまで直線で吹っ飛んで行ってしまった。壁に打ち付けられたルナは受け身と魔力硬化によりあばらを折るだけで済んだ。本来ならばより重い怪我を負っていただろう。

(腐っても魔王……流石に強いですね……一筋縄ではいかないようです……)

あれだけ心の中で啖呵を切っていたルナだったが流石に押され気味だと理解すると考えを改めた。リスクなく勝てる相手ではないと、そうしてルナは二つの覚悟を決めた。

「ふぅぅぅーはぁぁぁー」

一つは両耳に指を入れ、深呼吸で覚悟を決めた後に鼓膜を破いた。こうすることでドラキュラの音の魔剣の攻撃でダメージを受けることは無くなった。

「ほう、鼓膜を破いたか。見事じゃがそれだけで勝てるかの?」

「それはどうですかね」

ルナはドラキュラの言っていることは聞こえはしなかったが口の動きを読む読話術を使ってドラキュラの言っていることを理解し、受け答えした。一か八か、これが失敗すれば私の第二の人生はここで終わる。あぁ、博打は嫌いですが背に腹は代えられません。


【我解:泥仕合名人スワンプマン


そうしてルナは魔法の極意にして奥義。我解を発動するのだった。


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