第6話「英雄愛好家の修行」

 ――――?今私は何をしているのでしょう?どこにいるのでしょう?……わからない、ただ全身の痛みを感じているということはまだ私は死んでいないということなのでしょう。痛みは生者の特権ですから。そしてその痛みとは相反するような、不思議な浮遊感……いや、私は今、持ち上げられている?誰に?……直前の記憶を辿ってみても思いつく人物はたった一人しかいなかった。魔王、吸血鬼ドラキュラだ。そう言えば……私が意識を失う直前に何か言っていたような……

『お主の覚悟しかと受け取った。明日から励むがよい。我が眷属よ』

思い出しました。あぁ、よかった。どうやらドラキュラに認めてもらえたようですね。まずは魔王への第一歩を踏み出せたようですね。では、私はどこに運ばれているのでしょう?

「うぅ~ん?まだ頭がくらくらしますね」

「おや、起きたようだな女」

瞼を開けるとドラキュラの顔が目の前にある。ほぉ、とても整ったお顔ですね?魔王としての貫禄を感じます。夜の帳のような黒い髪、高すぎず低すぎないバランスのいい毛穴一つない鼻、白い肌が雪景色との化学反応で良い絵になっています。いいですね、魔王でなく、実力さえなければよい夜のオカズとなったでしょうに……

「……どうした?吾輩の顔ばかり見おってからに何かついているか?」

「いえ、ただお綺麗なお顔だと思いまして演劇男優でも生きて行けそうですね?」

「それはどうも」

褒められたことは嬉しそうだが、どこか複雑そうな顔をしているドラキュラ。さすが魔王ですね……私の殺人性愛性癖について勘づくとは、今の今まで事件を起こすまで誰にも露見したことは無かったというのに、まぁ、死性愛第二の性癖である『英雄に殺されたい』という本能をさらけ出しのですから、今更ですね。

「あぁ、それと私は『女』ではなくルナと言う名前ですので悪しからず」

「おぉ、そうであったか。すまなかったなルナよ、今日からお主は吾輩の眷属、ルナ・フォン・ドラキュラと名乗るが良い」

『ルナ・フォン・ドラキュラ』……いい名前ですね。私とても気に入りました。『フォン』とは高貴なる者、すなわち中流階級以上の者が名乗ることを許されたミドルネームなのです。元人間でだけあってドラキュラもそれにならっているのでしょうね。

「ほら、ついたぞルナ。今日から数年はお前の家となるであろう場所……魔王城だ」

ドラキュラが顎で私の顔が向いている方とは反対方向を指し示してくる。ドラキュラの指示通りに私はその方角を向く

「すごい……本当にお城だ」

私の眼前には吹雪の中その存在感を威風堂々と佇む魔王ドラキュラが住んでいるであろう城の影がそびえ立っていた。城としては大きく、威圧感はあるにはあるのだが……

「なんか、手入れが行き届いてないですね。左の塔なんて倒壊してますし……」

「言うな、吾輩だって気にしとるのだ。これでも必死に直してきたもん……」

『もん』って子供ですか貴方……これが魔王の姿?前言撤回、この人残念なイケオジだったわ。

「まぁ、中はわしら二人で生活する分には不自由しないと思うわい……たぶん」

「煮え切りませんねぇ……」

そうして始まった。私が魔王となるべくドラキュラもとい、伯爵様(教えを乞うべき立場なので以後はこう呼ぶこととする)による修行。そのルーティーンをざっと教えましょう。


 まず、私の朝は早い。何せ、朝の三時から始まるのだから、

「うぅ、眠い……こんなに早起きしたのは初めてです。というか、まだ朝日すら出てませんよ」

意外に思われるかもしれないが私は朝が苦手だ。決まった時間に起きられるは起きられるが、眠いは眠いし気分も悪い。朝食なんて軽いものしか食べられない。まぁ、何かワクワクすることがあれば話は別ですが、

「おや、ちゃんと起きられたかすばらしいではないか」

ドラキュラはしゃっきとした顔で長いテーブルの一番は端に座っている。テーブルの方を見ると、ポトフと固い黒パンが置いてあった。この朝食はドラキュラが血を吸った対象を意思のない操り人形にして作らせたものだそうな。吸血鬼ってずるい……まぁ、この朝食はおいしいものであったことは紛れもない事実です。十五分しか時間ありませんけどね!十分に思えてなかなか短いですよ。そこから着替えの時間も含めているって言われたときは絶句しましたね。

 そして、朝食を終えたら準部運動です。魔界の山道を歩き続けるという準備運動です。まぁ、登山ですね。魔界の山を軽装で上着一つなく歩き続ける。傍から見たら自殺志願者にしか見えませんが、これもれっきとした修行なのです。まず、この準備運動の中で一番大変なのは二つの魔術を行使しながら険しい山道を歩き続けなけらば行けない点です。魔術硬化と魔術探知の二つ。これは魔術の中でも基礎中の基礎、使えない物はこの世界ではいないほどにポピュラーな魔術です。魔術と魔法の違いはあるのですが、それはまた別の機会に。防寒具を着込んでいるならいざ知らず、私がまとっているのはチェニックとズボン位なもの。過酷な魔界殺人的な寒さから守るために、魔力硬化で体を魔力の見えない鎧で覆い、過酷な環境から身を守ります。そして、魔力探知で方角を見失なわないで動くことが出来ます。そして、一時的ならばいいのですが……これを一時間ずっとは流石にきついものが……ありますね……例えるなら……腹筋に力を入れ続けるようなものなのですから……そして、これが準備運動。つまりはまだまだなのですよ。はぁ、キツイ……しかし、魔力とは筋力のようなもの。使えば使うだけさの力は増していきます。そう、実感はあるのです。筋力と魔力その両方が鍛えられているという実感が……

「はぁ……はぁ……」

積もった雪の中に私は体を埋める。雪の冷たさが火照った体にちょうど良かった。

「これで根を上げるとはまだ初めて数日とはいえ流石に貧弱が過ぎるな」

伯爵様の姿は朝から全く変化することなく、杖を地面に着いて平然な顔をしている。

「まったく化け物ですか貴方は……」

確かな肉体性能の差もあるのだろう。

「魔王じゃからな、このくらいは日課の散歩くらいにしか感じんよ。人間時代の吾輩もこれくらいはできたと思うがな」

まったく、魔王なんて存在に収まる奴は元から化け物らしい。

「ほれ、ルナよ。あれを見てみい」

ドラキュラが杖で指し示す方角を見ると、朝日が写っていた。白銀の光を放つ雪野原の中に確かな光が差す。

「綺麗……」

「うむ、絶景であろう?いつもこの朝日には元気が湧いてくる」

その言葉……というか。まずそもそもの矛盾に今気が付いた。

「待ってください。伯爵様吸血鬼ですよね?」

「あぁ、そうだじゃが?」

「なんで朝日平気なんですか?」

「何故と言われても太陽の光如き何ともないが?」

カルチャーショックとでもいえばいいのか、私は常識を塗り替えられてしまった。まぁ、異世界だし私の世界のルールなんて通用しなくて当たり前か。それはそれとして朝日の弱弱しい光はこれからの修行も頑張ろうと思えた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る