第5話「ドラキュラの独白」

 吾輩はその日、いつものように日課の散歩をしていた。魔王としてこの城の城主となった時から、一回も欠かさず続けていることである。半場、趣味となっている。散歩が趣味か、吾輩ももう年であるな。騎士団の部下たちと髭を伸ばして大人っぽく見せていた日が遠い昔のようだ……今でも、たまに思ってしまうことがある。魔王を討伐し、勇者などにならなければよかったと……


 それは、今から50年……いや、それは魔族が出て行った時じゃったはず……そうだ、70年前だ。当時吾輩は栄誉ある騎士団、円卓の騎士の13席に選ばれるほどに優秀な騎士だった。そう自慢できるほどにあの頃の吾輩は栄光に輝いていていたし、満たされた毎日だった。そんな、ある日のことだ。アーサー騎士団長が、私にある任務を依頼してきた。偉大なる騎士の中の騎士と呼ばれた団長様直接の頼みとあれば吾輩は断ることが出来なかった。アーサー団長が吾輩に依頼したのは、当時、ブリタニア王国に影を落としていた魔王軍の根城へと遊撃部隊として自分の騎士団をもって攻め入って欲しいということじゃった。吾輩は当時、肥大化したプライドと年相応以上の根拠のない自信を持っていた。だから、吾輩はその任務を安請け合いしてしまったのだ。今思えば、それが全ての間違いじゃった。いや、直接は吾輩の失態であろう。


 吾輩はつい最近、魔王軍と交戦したばかりだというのに無理やり騎士団の全員を招集させ、兵糧などの下準備も終わらぬうちに北の魔界の山へと進軍してしまった。本当に今でも殴ってでも当時の自分を叱ってやりたい。戦争において重要なのは直接戦う戦闘員だけではないとなぜわからなかったのか……その結果は、散々な者であった。北の寒さを知らぬ我ら第13騎士団は寒さにやられ、一人また一人と数を失っていった。魔王城に着いた時には半数以上が死んでいた。それでも、もはや引き返せない所まで来てしまった我らは決死の覚悟で魔王に挑んでいった。仲間たちが、吾輩に後を託して死んでいく中吾輩だけが魔王の下へとたどり着き、一騎打ちを挑んだ。あの時魔王が誇り高い龍で良かったと心の底から思う。吾輩を一人の戦士として認め、一騎打ちを認めてくれたのじゃから……戦いの末はみなの知っている通り、吾輩の勝利となった。しかし、龍はただでは亡びはしなかった。吾輩は次の魔王となる呪いと同族の生き血を貪る邪悪な生き物となる呪いの二つを受けてしまった。そんなことにすら気が付かず、吾輩は失意のままにブリタニア王国へと帰ってしまったのだ。

 

 それからの吾輩の人生、いや魔生は壮絶の一言じゃった。まず、何を食べても美味に感じないのだ。酒も、肉も、好物であったゴルゴンゾーラすらただぼそぼそとした味のしない紙くずを食べているような感覚だった。最初こそ、味覚がなくなる呪いかと思ったが実際はよりおぞましいものだった。何を飲み食いしても、どんな女と一晩を過ごそうと、満たされることはなくより喉の渇きを残すだけだった。やがて、朦朧とした意識の中吾輩は夜の闇に紛れて、一人の名も知らぬ女性の生き血を貪ったってしまった。当然、そのことは騎士団にも知れ渡った。そして、国は吾輩を新たなる魔王として莫大な懸賞金と伯爵の爵位を授与される権利を対価として賞金首として指名手配し始めた。吾輩は死にたくない一心でもがき続けた。そして、人ならざる吾輩がたどり着いたのは、魔王の城だけだったのだ……


 名実共に魔王となった吾輩は魔人たちの王として君臨したが、当地はほぼ側近たちにまかせて、龍王にかけられた呪いを解呪するための研究に没頭した。その結果として吾輩は自分の体がそうなったのかを理解した。吾輩を倒したものは次代の魔王となる。そして、この吸血衝動も受け継がれる。この呪いの連鎖を止められるのはいつ生まれるかもわからない神から人類の味方として生まれる勇者だけだった。


 魔王となって数百年。吾輩はこれだけのことを理解した。だが、それだけだった。吾輩は魔王として吸血鬼ドラキュラとして生きらば生きるほど人間性が失われて行っていることも理解していた。心の底から人間になる前に吾輩は、人類に戦争を仕掛け、人間の誰かに後を隠すこととした。だが、。戦争で前線に立ち、魔王を打ち取った人間の中の英雄としてたたえらえる人物にすべて押し付けようとしたが、直前となって吾輩は恐れてしまったのだを。死ぬことは恐ろしい。自分と言う存在が消失することが、死の前にやってくる痛みがたまらなく恐ろしく、怖かった。そう、臆病風に吹かれたのだ。騎士だった者が何と情けないことか……それでも、生きて恥じを忍ぶことは死んで何もかもを押し付けるよりも甘美な選択に思えた。だから、吾輩は戦争をやめた。そして、人ではなく魔人の血を啜ることとした。同族というのには人だけではなく魔人も含まれたいたからだ。やがて、反乱軍も現れたが吾輩の力の前では無意味だった、これだけの力があるというのに吾輩はやはり死が消滅が恐ろしかった。吾輩の本性はろくでもない小物だったのだ。そうして、魔人の血を啜ることを続けていると吾輩の城には誰もいなくなった。家来も従者も誰もいなくなった。吾輩の体の中で魂として使い魔として意思のない操り人形として存在しているだけだった。吾輩が城を出れば、たちまち城下町の人々は吾輩を恐れ、家の鍵を固く閉めるようになった。そんな、暴君としてこの魔界の伯爵として君臨していた時だった。あの女と出会ったのは、


 その女を見た時の最初に抱いた印象は、『不思議な女』だった。魂の色は男だというのに、肉体は女、それも極上の美女だ。クリーム色の髪、満月を連想させる橙色の瞳、胸周りは少し足りないようだが、十人中十人が美女と答えるような美貌を持った女だった。吸血鬼として性欲が死んでいなければ誘っていたかもしれない。まぁ、今思えばしなくて正解だったと吾輩は思う。女に目的を問えば、『魔王になりたい』と抜かしてきたおった。吾輩は笑うしかなかった。そんな酔狂なものがこの世にいたとは夢にも思わなかったからだ。そして、女の覚悟は本物だった。吾輩ができなかった理想を女は死に体でありながらも『英雄に殺されたい。その為に魔王になりたい』と吠えて見せたのだから。その時吾輩は悟ったのだ。吾輩はこのものを魔王にするために今日まで生きてきたのかもしれない。そう思うほどにこの女には魔王としての資質を感じ取れた。吾輩が人のような心を持った『人のような怪物』だとするなら、あの女は人の心を持ちえない『怪物のような人』なのだ。ならば、吾輩は全力を持ってあの女を『怪物のような怪物』として見せよう。そして、吾輩の最期としよう。あぁ、死ぬのは怖いのぉ……

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