第3話「英雄愛好家は難儀する」

 犬のような二足歩行の化け物が自信に襲い掛かって来る。かぎ爪による斬撃を剣の柄で防御し、剣の角度を調節することでグールの攻撃してきた腕は地面にずぼっと刺さってしまう。その腕を足蹴にして剣を下から切り上げる。剣の切っ先が天井の方を向いたと同時にグールの犬と人が混ざったような醜い顔が鮮血と共に宙を舞う。そして、頭と泣き別れてしまった首から下のグールの体はぱたりと人形の糸が切れたように地面に寝そべってしまう。本来なら、その鮮血の鮮度がいい内に味わうところなのだが、いかんせんこいつらは迷宮に住まう魔物。その生き血は間違いなく人体には毒となりえる。少なくとも摂取したり、舐めたりしたら何らかの病気を患うこと間違いなしだろう。私は頭の中でイライラを抑えながら剣を構えたまま死骸を眺めていた。やがて、完全に動かず死んだことを悟って私は剣に付着したグールの血を布で拭き取り、抜刀する。先ほど倒したグールが襲ってきた魔物の中で最後の一体だった。

「さて、帰りましょうかね」

魔物たちの討伐の証となる部位や回収した魔法道具諸々を全てまとめて荷物入れの中にしまい込み、私は踵を返して迷宮を脱出するのだった。


 私が親殺しをしてから数年がたった。隣国の迷宮地帯にまで移動したこともあって、私が人殺しであることは一切ばれていない。私が冒険者として活動できていることが何よりの証拠である。まぁ、別にそれ自体はとても喜ばしいことなのでどうでもいい。問題なのは、日課である殺人をコソコソしなければいけないことだ。前世では派手に暴れまわっても別に拳銃を持った警察官を相手にするだけですんだ。だが、今はどうだろう?下手に殺人を犯せば、私は冒険者としての地位を失い、果ては犯罪者あるいは賞金首になってしまう。それはそれでまぁ、前世と同じようにフリーランスの殺し屋をすればいいだけなのでそこまで問題ではない。私にとって何より問題なのは、迷宮と言う名の修行場を失うことが何よりも困るのだ。あそこは下の階層に行けば行くだけ強い魔物と戦えるので魔法の使い方、しいてはこの体を鍛えることに大いに役立つ。最近分かったことだが、この世界では魔法を使わなくても人間の身体能力は前世より高い。鍛えれば鍛え上げるほど筋肉が付き、重いものを持てるようになったりや攻撃の威力がめきめきと上がり続ける。多少鍛えているであろう大工の人たちでさえもオリンピックアスリート並みの身体能力を持っていたりする。昨日、ビル二階ほどの高さから飛び降りて無傷だったのを確認している。それと、私だけかもしれないがどれだけ鍛えても体が筋肉質にならない。実際には筋力は上がっているというのに肉体は女性特有の丸みをもったままなのだ。それと運動し過ぎて胸にあるはずのメロンがない。なぜだ……母はとてもご立派なメロンを持っていたというのに……毎日父親が夜のベットで揉みしだいているの確認している。


閑話休題


とにかくだ。わたしとしてはまだまだ迷宮にもぐらなくてはいけない。私が求める強さには程遠いからだ。そもそも、私の目標である『英雄に殺される』と言うのはなにも挑んで無駄死にしたいわけではない。私の愛する英雄の中に一生のとして思い出の中の存在として残りたいのだ。私の英雄様の中にを残すと言ってもいい。生物は皆、種の存続を本能としている。親から子へと、そのまた子へと生命の営みと名のバトンは絶えず紡がれてきた。とても素晴らしいことです。しかし、私はどうだ?殺人にだけ興奮し、子を残そうとする本能すら持たずに快楽のままに同族殺しばかりに精を出している。そんな人間に何が残せるというのだ?私は一種の突然変異の人モドキなのだろうと幼少期に悟ったほどだ。そんな私に歴史の中で、世界の中で自分と言う存在を如何に残るのか?ずっっっと考えてきた。ある日、大好きなエンタメである漫画やゲームの中で輝かしい主人公を見ている時、ふと、思い至った。


――――そうだ。自分と言う存在を世界に残せないのならば、英雄と言う輝かしい存在に傷として、思い出として、私の記憶、私の存在を覚えてもらいたい。それが私にとっての『子を成す』と言うことなのだ。と、


悪役でもいい。こんな人殺しにはそれがお似合いでしょう。だから、私は多くの人から愛される英雄に巨悪として残り続けたい。できれば、酒の席で「昔、とんでもない奴がいてな……」と言う感じに武勇伝交じりに私の存在をかたってぼじい……あぁ、考えてきただけのムラついてきた……。まぁ、つまりは弱いだけの存在ではこの世界の英雄にはただの一端の悪党でしかないのですよ、それこそ、最終的には魔王として勇者と相対したいですね。勇者やら、魔王やらと呼ばれる存在自体はファンタジーな世界名だけあって普通に存在しているそうです。50年くらい前にも魔王軍と勇者遊撃隊が戦争していたことがあったそうです。いいですね、その時代に生まれたかった。できなかったものはしょうがないので今は力を蓄える時期だと思っていたのですが少し問題が――

「もし、そちらのお嬢さん?」

いきなり背後から声をかけられて私は思考の海から現実へと戻された。今は、ギルドでお金を換金してきた後なので機嫌がいい。要件くらいは聞いてやろうと振り返った。

「なんでしょう?……あぁ、ムッシュでいいですか騎士様?」

「えぇ、独身なので構いませんよ」

振り返った先にいたのは白銀のキラキラとした鎧を身にまとい、腰には立派な魔硬石マグネタイト……魔剣の材料などに使われる鉱石で出来ている剣を刺している。明らかに上級騎士である。それもたれなりの地位にいることは指に着けている宝石の指輪やネックレスなどでわかる。案外、ただのボンボンかもしれない。

「実は、ルナ・フォン・アインズあなたに折り入って話があるのです。どうか、人目のつかない所へ」

騎士は胸に手を当てて敬意をしめす。やめて、欲しい。私はいまは騎士エリート一族アグネス一族ではないのだから、目上の存在にするようなことはしないでほしい。

「わかりました。では、ついてきてください……」

そう言って私は渋々騎士風な男を手招いて人けのない場所へと向かう。まぁ、適当な路地裏でいいでしょう。

「ここでしたら、人がいませんよ。それで?何のご用件でしょうムッシュ?今の私はしがない冒険者ですよ?」

狭い路地裏で私と騎士は向かい合うように立っている。ここはホームレスや物乞いなどがいない数少ない場所なのだ。

「えぇ、ご存じですよ。今まで苦労してきたのでしょうルナ?」

「少しばかり、距離が近いように感じられるのですが?……どこかでお会いしましたかムッシュ?」

すると男は何処か驚いたような顔をした。

「おや、お忘れなのですか?俺ですよ。あなたの許嫁であるルキウスですよ」

そう言われ、頭を回転させて思い出す。

「あぁ、父が紹介した許嫁の……それがなぜ今更、一族が没落した今あなたとの婚約は破棄されたも同然ですよ?」

「無論、ご存じです。あなたが家族を殺したこともね?」

その言葉に私は思いっきりため息を吐いた。この男はどうやってかは知らないが私があの日していたことを知っているらしい。元から怪しかったのだ。さっき声をかけられた時もそう、父親にこの男を紹介されたときも最初は私の英雄候補に入っていたが一目見た瞬間に除外された。なぜかって?ヤリモクで女を性のはけ口くらいにしか見てない、いやらしい目線しかしてこなかったからだ。ただのスケベならいい。念のためこの男について調べてみたら、複数の女性と関係を持ち、挙句その女性が孕んだら知らんぷりして逃げるような典型的なくそ男なのだ。どうせ、私にこう迫ってきたのも黙ってやる代わりに体を差し出せとか抜かすためなのだろう。私自身無駄に容姿が整っていることくらい理解している。こんな奴を一時的とはいえ私の英雄様候補に並べてしまったのだ。はらわたをニ三回引きちぎってやりたい。

「はぁ、そうですか。それで?体を差し出せとでも言うのでしょう?」

「えぇ、話が早くて助かります。ばれたら大変でしょう冒険者として活動できなくなりますからね。こちらには証拠をあります。大人しく――」

「黙れ空気が汚れる」

こいつが能書きをたれている瞬間に、こいつの息子を全力で蹴り上げる。元男として痛みは理解するが、同情は一切しない。むしり達成感すら感じる。

「おごぉぉぉぉぉ」

男は股を抑えて内股になりながら地面に座り込む。目は泳ぎ、顔には冷や汗がびっしりだった。

「私の弱みを握って気持ちよくなっているところ悪いのですが、貴方の声を聴いているくらいならマンドラゴラの叫び声の方が何倍も聞きごたえがあります」

「こぉぉのぉ!こっちが優しく教えてやったのを……絶対にぶち犯して孕ませてやる!!」

そう言って、頭陰茎やろうは剣は抜いた。が、もうすでに遅い。


―ゴツン!


抜いた剣は鞘から抜けきることは無く、左手側の壁に柄頭をぶつけてしまう。この男が持っている剣は騎乗用などで使われる大剣。そんなものを狭い場所で振るえば満足に使えないのは火を見るより明らかだ。よっぽど性欲が頭に詰まっているらしい。対して私が使う剣は迷宮でも使える刀身が短めの剣だ。

「ちぃ、エリートの俺に勝てるとでも思っているのか!」

すると、男はナイフを取り出し炎を魔法で刀身にまとわせた。まぁ、まともに打ち合うわけがない。私はフェンシングのように刺突するフリをして魔力を纏わせた銅貨を反対の手で投げる。

「うぐっ!なんだ!?」

騎士気取り野郎は意識がいの攻撃を受け、怯んでしまう。犯罪者を相手にしているとはいえ、こんな手を使う奴はそう相違ないのだろう。これは私の考えた方法。コイン投げだ。魔力というエネルギーは電気と同じように金属に流れやすい。それは電気伝導率も同じで銀が一番魔力を通しやすい。が、銀貨は貴重なので次点の銅貨をしようすることにした。魔力を通しやすい銅貨による一撃は拳銃による一撃と同じくらいである。まぁ、それだけではない。

「うぐぅぅなんだ。全身が暑い……」

さっきから悲鳴を上げっぱなしのこのくそ野郎の戯言は置いておいて、銅貨にはグールの血をしみこませている。これは即効性の毒だ。皮膚に当たる程度では大したことは無いが体内に入るとたちまち全身の細胞を溶かしてしまう働きを持っている。貴様は……そう、貴様は……詰んでいたのだ。最初から。苦しむくそ野郎の首を剣で一刀両断する。そして、男は息絶えた。これで私は冒険者として活動できなくなった。仕方なかったと言う奴である。しかし、これで私の問題点が浮き彫りになった。


いくら鍛えても限界がある。ならば、至るしかあるまい。魔王、吸血鬼ドラキュラに……

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