第10話 廃墟ビル

 斎藤奈津子からあの日の話を聞いた後、美月と翔太はいつもの公園へと向かった。ベンチに座り、3人で写っている写真をスマホに出す。3人でこれまでの情報を整理する。

 

6月2日㈯ 

●11:30 凛ちゃんといつもの場所で待ち合わせ

●12:00~15:00 教会のこども食堂に参加

●15:30 帰宅

●16:00 母親と喧嘩

●18:00~18:30 仙波浩平訪問

●18:45 翔太と玄関で会話(どこかに急いでいるようだった?)

●20:00 ビルから転落


「これであってる?」


「うん、多分。記憶にある映像にモヤがかかってる感じなんだけど、話を聞いて、だんだん思い出してきたよ」


「おばさんと喧嘩したこととか、俺と話したこととか、仙波ってやつが来たこととか覚えてんの?」


「うん。断片的だった記憶がつながってきてる」


「あの、由奈……、お父さんのこと、やっぱりショックだったんじゃない?」


「あぁ、アイツね。ホント見るからにクズって感じの男だったわ。でも、父親はろくでもない奴だったんだろうなって予想してたし、何となく、お母さんが死んだことにしてるだけで、生きてるかもって思ってたんだよね。ビックリはしたけど、ショックで耐えられないって感じでもなかったんだよね~。だから、アイツのせいで、自殺ってことはないと思う。それより、何かすっごく大事なことを忘れてる気がするんだよね……」


「一番の謎は、あの日なぜあの廃墟ビルに行ったか? ってことだよね。そこは思い出せない?」


「うぅ~ん。あのビルがある通りは、家までの近道だから、日中自転車で通ることはあっても、夜は真っ暗で人通りも少ないし、通らないようにしてるんだよね。あんな廃墟ビルに用事もないし」


「だよな。俺もあそこは何か不気味だからほとんど通ったことない。でもまぁ、とりあえず、あのビルに行ってみるか?」 


「そうですね。私、まだ行ってなくて……」


「美月、怖いなら行かなくていいんだよ? どっちにしろ、今日はもう暗くなるからやめときな。翔ちゃん、美月のことちゃんと送ってあげてよね」


「お前に言われなくてもわかってるよ!」


「あぁ、生きてたらな〜。3人でこのままマックとか行くのに~。残念~」


「お前、ツッコミづらい事言うなよ。俺も美月ちゃんも困るだろ!」


「はいは~い。じゃぁまたね!」


 ***


 次の日。午前中で学校が終わったため、自宅で昼食をとった後、美月は小さな花束を買って、廃墟ビルに向かった。由奈の死があったからか、ビルの非常階段も建物もがっちりと施錠されていて、中には入れそうもなかった。美月はスマホの由奈と話しながら、ビルの入り口に花を供えた。


「美月ありがとう。その花かわいいね」


「由奈に直接お礼を言われるのは変な感じだね」


「確かに」


 二人で笑った。


「さすがに中には入れないかぁ。ていうか、美月は怖くないの?人が死んだ場所とか、普通に怖いじゃん」


「うん。普通ならね。でも由奈だから怖くない」


「そっか、ありがとう」


「それはそうと由奈、ここに来て何か思い出さないの?」


「う……ん。なんか頭にモヤがかかって……。誰かに会った……のかな……?」


「そっか……。収穫なしかぁ……。――あれ? このビル、九条ビルっていうんだね?」


「 えっ―――― ??? 」


と、その瞬間、由奈の頭に、あの日の映像が鮮明に蘇った。 

「あっ――」



「あれ? 九条先生、こんなところでどうされたんですか?」


 美月は、慌ててスマホを切り、ポケットに入れる。


「田嶋さんじゃないですか。斎藤さんのお参りですか?」


「はい。まだ心の整理はつかないんですけど……。由奈が自殺だとはどうしても思えなくて、今色々と調べているんです」


「そうですか。関係者以外には情報を伏せているんですけど、実はこのビル、うちの所有物なんです」


「そうなんですか?」


「はい。先日まで、現場検証で立入禁止だったんですが、数日前、捜査が終わったと連絡があったので、今日は一日お休みを頂いて、整理しに来たんです。実はこのビルの一室をアトリエとして時々使用しているんですよ」


「そうなんですか?! 捜査が終わったということは、おかしな点はなかったということですよね?」


「そのようですね。自殺として受理されると聞きました」


「私は、由奈は自殺じゃないと思っています。あの、先生さえよろしければ、中に入れてもらうことってできますか?」


「ええ。もちろん。でも何も見つからないと思いますよ。……あ、でも良かったら、アトリエも見ていってください。僕のお気に入りの場所なんです」


 美月は、心なしかウキウキとした様子の九条に違和感を覚えた。


『仮にも自分の学校の生徒が自殺したかもしれない場所で、まだ絵を描く気になるのかしら。しかもまだお気に入りの場所と言えるだなんて……』


 美月は急に気味が悪くなった。あんなに大好きだった九条が怖くなった。


「あの……、先生。やっぱり私、入るのやめておきます」


「え? どうして? 田嶋さんは芸術のセンスがあるから、ぜひ作品も含めて見ていってほしいな」


 半ば強引に九条は美月を中に招き入れた。


 汚い廃墟ビルの中の先生のアトリエは、古代ローマ調の装飾が施されており、この一室のみが異空間となっていた。


「うわぁぁぁ!素敵!」


あまりの美しさに、先ほどの違和感を忘れ、芸術的空間に酔い浸ってしまう。


「そう言ってもらえて、嬉しいよ。お茶を準備するから、作品でも見ながら待ってて」


 褒められたのがそんなに嬉しかったのか、九条の無邪気な笑顔がいつもよりこどもっぽく感じさせた。九条が奥の部屋に入るのを見届けると、美月は部屋に飾ってある作品を見ながら部屋の中を歩いた。


『先生って、こんな絵を描くのね。それにしても、先生の絵って……』


「どうかな? 自分の作品は、人には見せたことがないんだ。恥ずかしいから」


集中して観ていたせいか、九条の声にビクッとしてしまう。


「ええ。どれも素晴らしいです。人に見せないだなんて勿体ないです。……あ、でも警察の方には見られちゃいましたね」


 レトロな革張りのソファに促された美月は、アンティークなテーブルに置かれた、可愛らしいティーカップに口をつけながら、話を続けた。


「いや、とっておきのコレクションは事前に外しておいたんだ。自分が楽しむための作品だからね。人の目に晒さらすだなんて、それこそ勿体ないよ」


『事前に片付ける時間なんてあったのかしら?』


「この紅茶美味しいですね。甘くて何だか、眠たく……」


 コトンと美月の手からカップが落ちた。

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