第9話 仙波浩平

 オレの娘が死んだらしい。まぁ関係ねぇけどな――。

 

 仙波浩平せんばこうへい、38歳。夜の仕事の斡旋、キャストの送迎。


 オレが1歳の時、親父が会社でなんかやらかしたとかで、一家心中しようとして自宅に放火した。運よく(良かったのか悪かったのかはしらねぇが)、オレだけ救出された。すべてが燃えて親の顔も覚えちゃいないし、親族は、親父のやらかしたことの責任を負わされるのが嫌とかで、絶縁状態だった。


 というわけで、1歳から乳児院、その後は児童養護施設で育った。まっすぐに育ちゃぁ良かったが、オレは悪い事が大好きな大人になった。金と女が大好き。人の心?そんなものはどうでもいい。自分の快楽のための金と女を手に入れるためなら、手段も選ばねぇ。そんなオレをみんながクズという。オレにとっちゃ最高の誉め言葉だ。とことんクズになってやろうじゃねぇか。


 21歳の時、キャストの一人、斎藤奈津子が『妊娠したから結婚してくれ』と迫ってきた。おいおい勘弁してくれ。女は好きだが、家族なんていらねぇ。ガキなんてもってのほかだ。オレにはオレの流儀がある。本気になったら即さようなら。ガキができた時の常套句はこれに限る。


『 ホントにオレの子か? 』


 奈津子も、この一言で去っていった。大抵の女は、こんなクズ野郎の子どもなんて産まねぇだろう?

 でも奈津子は夜の世界を断ち切って、女児を産んだと風の便りで聞いた。まぁ、オレには関係のない話だ。

 

 あれから17年の月日が流れた。ある日、たまたまファミレスで働く奈津子を見かけた。いかにも貧乏そうなのに、なぜ効率の悪い働き方をするんだ?オレにはさっぱりわからねぇ。せっかくの美貌が台無しだ。だからまた、夜の仕事を斡旋してやろう、そう思って近付いた。でも、質素な身なりで真面目に働くあいつが、時折見せる穏やかな笑顔に、なぜだかイライラしてきて、嫌がらせをするようになった。


 でも、あいつはオレが何を言っても揺らがない。面白くない。あいつが一番嫌がることをしてやろう。そうだ、娘に会いに行ってやろう。オレはアパートを突き止め、娘が一人で家にいる時間を見計らって突撃した。

 

 6月2日18:00

 インターホンをならすと、ドアチェーン越しに、若い時の奈津子にそっくりな女が顔を出した。


「こんにちはぁ。オレは君のお母さんと、と~っても親密な仲の者なんだけど、ちょっとお話しできるかなぁ?」


 ほんの少し開いたドアの隙間から、猫なで声で娘に話しかける。見れば見る程、奈津子にそっくりだ。いや、それ以上か?こいつは上物を見つけたぞ。


「なんなんですか、あなた。母にちょっかいを出しているなら、やめてください。話したくもありません。警察呼びますよ」


「そんなに警戒しなくて大丈夫だよ。ほら、お母さんが若い頃の写真、この隣にいるのオレ。キミ、お母さん思いの子なんだね~。イイ子イイ子。オレさぁ、お母さんのとぉっておきの秘密を知ってるんだよね~。聞いといた方が良いと思うけどなぁ~」


「秘密って何ですか?」


「ここで言っちゃっていいの? オレの声大きいよ? 近所の人に聞こえちゃうよ? 本当にいいの? ……とりあえずさぁ、このチェーン外してくれないかなぁ」


 しばらく逡巡していたが、しぶしぶチェーンを外しているのがわかった。そのタイミングで、すかさずドアを押し開けた。すぐに娘の口を塞ぐ。手荒な真似をするつもりはなかったが、叫ばれては困る。後ろでドアが閉まり、すかさずドアに鍵を掛ける。もごもごと、娘が必死で抵抗している。

 

「何もしないから、大声出さないでね。手、外すよ」


ゆっくりと、口から手を外す。


「な、なんなんですか、あなた。これ以上何かしたら、警察に——」


 娘の言葉は無視して、部屋の中に入る。質素ながら生活感のある部屋だった。


「おっじゃましま~っす。へぇ~。仲睦まじく、母娘二人で健気に生きてるんだぁ。あの奈津子がねぇ」


 また、なぜだか、ふつふつとイライラした気持ちが募っていく。

 

「ねぇ、キミ、夜の仕事とか興味ない? キミなら絶対稼げるよ」


「興味ありません」


「あれれ? もしかして男知らないの?」


 おどかしてやろうと、壁に体を押しやり、顔を近付ける。 


「キャッ! 何するのよ! やめて! 男なんて、大嫌い! 気持ち悪い!」


 娘は抵抗し、オレの顔を引っかいた。


「痛っ!おまえなぁ~。まぁ、気性が荒いのもそそるっつーかさ」


 引っかかれた頬をさすっていると、娘は渾身の力でオレを突き飛ばし、キッチンにあった包丁を握りしめ対峙した。娘の目は本気だった。オレは両手の平を胸の前で上げ、降参するポーズをした。


「おいおい、冗談だって。落ち着けよ。曲がりなりにもオレは実の父親だぜ。父親に刃物向けるなよ。へへっ。てか、そもそもガキに興味はねーよ。まぁ世の中には、表では立派なお方なのに、裏では金に物を言わせて、ガキを慰みものにしやがるゲス野郎もいるけどなぁ」


「今なんて?」


「だぁかぁらぁ~、オレはおまえの父親なんだわ。オレはクズだけど、ゲスではないから安心しろ。さすがに実の娘に手は出さねぇよ。あ~ぁ、なんかシラケちまったな。今日のところはもう帰るわ。また来るねぇ~、オレのかわいい子猫ちゃぁ~ん」


 ***

 

 まさか、あのあと自殺するなんてよ。警察官が事情聴取に来たが、適当に話した。

 オレが自殺の原因を作ったって?自殺するように仕向けたって?

 知らねぇ~よ。冗談じゃねぇ~よ。オレは何も悪くねぇ~よ。

 奈津子は生気せいきを失って、すっかりババァみたいになってるしよぉ。あぁ、ムシャクシャする!面白くねぇ。

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