第5話 こども食堂

 キリシタンではない美月と翔太は、教会に行くのは初めてだった。落ち着かない様子の二人とは裏腹に、鈴木凛は慣れた様子で、ボランティアで参加している地元の大学生や、地域の人達に人懐っこく話しかけていた。凛は、年齢よりも体が小さく痩せていて、幼く感じる子だ。

「こちらにお名前と連絡先を書いて頂けますか?連絡先は代表者の方のみで大丈夫です。」

 受付の人に言われ、美月は自分の連絡先と3人の名前を書く。由奈にそうするよう言われていた。過去の記録を見ると、やはりいつも由奈が代表者で凛の分も書いている。凛の母親に凛がここに来ていることがわかるとよくないらしい。凛の母は、他人に施しを受けることや家庭を覗き見られることを嫌悪していたからだ。

 

 今日のメニューは親子丼で、デザートは有志からの寄付だった。大人300円、こども(高校生まで)無料と書かれた看板があり、その横には”お心遣い”と書かれた箱が置いてある。活動に充てるための寄付金箱だ。しばらくすると、配膳の準備が始まり、三人ともできることを手伝った。主催者やボランティアたちは、みんな活き活きとした顔で主体的に参加しているのが伺えた。その中に、美月は見知った顔を見つける。


「九条先生!」

 ほのかに頬が紅潮するのを感じながら、駆け寄る美月。

「あれ?田嶋さんじゃないですか。田嶋さんも良く来るんですか?」

「いえ、今日が初めてです。由奈から聞いて、参加してみたんです。」

「あぁ、斎藤さんに?そうですか…。僕は、児童健全育成委員のコーディネーターをしている関係で、4月の後半から参加しているんですよ。といっても、今日で3回目ですね。」

 さわやかに笑う顔が、美月の推しのアイドル、タクヤにそっくりだった。今年4月に赴任してきた九条直哉は、瞬く間に学校のアイドルとなった。保健室の周辺は女子の人だかりができ、”用がない人は保健室に近付かないこと”と、学校禁止令が出たほどだ。九条は、心理士の資格も所有しており、生徒の悩み相談も受けていた。非常勤のスクールソーシャルワーカーの真野ゆりとも、よく打ち合わせをしており、真野の化粧が去年より濃くなったと専らの噂だった。趣味で絵を嗜む九条は、時々美術部の活動にも顔を出していた。美月は、保健委員で美術部だから、九条との接点が多かった。『”タクヤの顔”で迫られたらどうしよう!』と、ありもしない妄想に耽っていると、『ハイハイ。』と、由奈がいつも呆れていた。


「斎藤さんと仲が良かったんですね。田嶋さん、大丈夫ですか?いつでも相談に乗りますから、無理しないで下さいね。」

「はい。今のところ、大丈夫です。まだ、由奈が死んだなんて信じられなくて…。」

「そうですよね。急なことでしたからね。」

「ところで、先生は先週もここに来られていましたか?由奈と会いました?」

「先週は、他の用事があって来られなかったんですよ。斎藤さんとはその前の2回は会っているかもしれません。」

「かも、ですか?」

「はい。斎藤さんがうちの生徒だって知らなかったもので。まだ赴任して2カ月なので、関わりのある生徒の顔はわかるのですが、まだ全校生徒の顔は覚えられてなくて。ここにはたくさんの人が集まりますしね。斎藤さんがここに来ていたことは、亡くなった後に知ったんです。」


 ***


 こども食堂を出た後、美月と翔太は、以前話をした公園に立ち寄る。スマホに3人の写真を開ける。

「どうだった?」

 スマホから、由奈が話しかける。

「うん。あの日、由奈は凛ちゃんと一緒にこども食堂に行ってたよ。」

「だよね。特別な用事がない時以外は、毎回行ってるから。」

「でも、凛ちゃんは何時に別れたとかは、覚えてなくて…。」

「うん。帰りは別のことが多いから。いつも通りなら、15時まで教会で手伝いをして帰ってると思う。」

「そっか。そうそう、九条先生がこども食堂にいたよ。由奈は知ってたの?」

「うん?九条?あぁ、あのいけ好かないやつねー。いたっけかなー?」

「もう、由奈ってば、全然イケメンに興味ないんだから。九条先生いたら、普通に目立つじゃん。」

「美月がキャーキャー言ってるだけでしょ?タクヤ―とか言ってさ。」

 九条の話をすると、由奈は決まって機嫌が悪くなる。

「田嶋さんが嬉しそうに話してた人って、高校の養護教諭らしいね。あの先生、有名な資産家の息子らしくて、こども食堂の活動にも私的に寄付してるらしいよ。長身・イケメン・金持ちって…なんか腹立つな。」

「でしょ?!にしても、ふーん、資産家の息子なんだ…。ますますいけ好かない。」

「もう、由奈ってば!ひどい。立派なことしてるのに。」

 白々しく、由奈がスマホの中でそっぽを向いて、吹けもしない口笛を吹いたフリをしている。

「俺も何か情報がないか、こども食堂の人に聞いてみたけど、あの日の由奈の行動に変わったことはなかったってさ。いつも通り、15時に終わったらしいから、そのまま寄り道せずに帰ったら、家には15:30くらいには着いてるよな。そうそう、佐藤のおばちゃんがいてさ、由奈の話したら、めちゃめちゃ泣いてたぞ。大声で泣くから、どうしようかと思った。」

「佐藤のおばちゃん、めちゃいい人なんだよね。お節介なんだけど。家も近所でさ、私らが小さいときからお世話になったよね。おばちゃんに悪い事しちゃったなー…。」

 この日はこれで解散となった。


 ***


 自宅へ帰り、美月は二人で写った写真を開ける。

「由奈、話せる?」

「うん、話せるよ~。どした~。」

「由奈ってさ、こども食堂の活動とかしてたんだね。知らなかった。」

「うん。凛とは1年ぐらい前にたまたま知り合ってさ、お腹が空いてるっていうから、コンビニでパンを買って一緒に食べたのが始まり。それから、一緒にこども食堂へ行くようになってさ。私もバイトがあるから、行けない日もあって、15分待って来なかったら、一人で行くか帰るかするように言伝してた。こども食堂は、最初は月1回の開催だったんだけど、隔週開催になって、6月からは毎週土曜日に開催することになったみたいだね。寄付金とか補助金とか集まったんだろうね。貧しい暮らしをしている子にとっては喜ばしい事だけど、それだけ必要としている子がいるっていうのは、なんとも切ない話だよねー。」

「現代にお腹を空かせている子がいるだなんて…。ドラマの世界の話だけだと思ってた。こんなに身近にあるなんて。」

「うん、そうだよ。身近にあるよ。私も昔、そうだったし。ねぇ、凛、臭わなかった?服、きれいなの着てた?髪、とかしてた?」

「え?あぁ、うん、ちょっと臭ったかも。お風呂に入ってないような臭い。服はそんなに気にならなかったよ。髪は少しぼさぼさだった。」


『私も昔、そうだったし。』

という言葉に動揺してしまって、凛ちゃんの姿を説明する声がうわずってしまう。

「そっか。もう一人でシャワーくらい浴びられるんだけどね、毎日入る習慣が身についていないってのもあるけど、風呂場がまだ使えなくなってるかもな。髪はいつも、私がとかしてから行ってたんだ。美月、もし今度会ったら、髪の毛とかしてやって。」

「うん、わかった…。もしかして、凛ちゃんってお母さんいないの?」

「いるよ。まぁ、多分、ろくでもない母親だろうけどさ。みんながみんな、美月の親みたいにきちんと子育てしてるわけじゃないってことだよ。」

「でも、親は無条件に子どもを愛するでしょう?だから、頑張ってお世話をするんじゃないの?自分の子どもなのに世話をしないなんてひどいよ!」

「美月は幸せな家庭で育ったんだよ。さっきも言ったけど、みんながみんな子どもをきちんと養育できる『親』になるわけじゃない。子どもを愛しいと思わない親もいるし、愛し方がわからない親もいるし、躾だと言って平気でひどい体罰をする親もいるし、自分が一番って親もいるし、親自身に心身の病気があったり、お金がなかったりで満足な養育ができない親もいるんだよ。そして、その親も、その昔誰かに育てられた子どもで、子育てに基準はそこにあるってこと。」

 美月は由奈の言っている意味が半分も理解できなかった。

「いいの、いいの。美月はそのままで。純粋な心のままでいて。知らなくていい世界だよ。」

 由奈に突き放された思いがして、気まずいまま、話を終える。

 美月は、”美人で人気者の明るい由奈”しか知らなかった。『由奈の何を見ていたんだろう。』そう思うと”親友”という言葉が、やけに軽薄に思えてきた。美月は、『親友として』何としても、由奈の死因を突き止めると決意した。


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