第4話 その1

異邦のほし

第一巻 巨大生物の謎


肆.


 真夏のある日、俺(寺仲)は友人の家に招かれた。友人の名は磯崎 道彦いそざきみちひこ。自身が司会を務めるバラエティ番組で親しくなった。彼は日本史専門の学者で、国立大学の准教授としての顔もある。

 磯崎は俺の他にも、多くの友人や知人を家に招いていた。彼の家は世田谷区に位置する豪邸で、奥さんは女友達と海外旅行中のため、気を遣うことがなく、していたわけだが…


 磯崎は顔が広く、学者仲間の他に、芸能人や著名人、メディア界の大物、作家、スポーツ選手などが訪れていた。

 これだけ個性的なメンバーが集まれば、話が尽きるわけがない。美味しい酒とそれに合う肴で、一晩中賑やかだったが、磯崎は俺に重要な話があるようだ。


「俺に見せたいものがあるのか?」

「ああ、折り入って相談したいことが…」

 磯崎は俺を含めて酔い潰れていないメンバーの前で、ある資料を公開した。


「…これは?」「戦国時代末期の絵師が描いた作品だ」

「何故、そんなものを見せるんだ?」

「実は興味深い発見があってね…絵をよく見てほしい」

 絵師が描いた絵には奇妙なものが描かれていた。大きな口、四足歩行のわにのような生物、謎の化け物が村人たちを襲っている場面が描かれている。


「…単に鰐が村人たちに襲い掛かっている絵じゃないのか?」

「確かに…日本に鰐が生息していることは珍しくない、この絵が鰐ならな」

「どういうことだ?」

 磯崎は意味深な発言をして、俺たちにある書物を見せた。

「この書物には、被害を受けた村人の目撃証言が記録されている、現代文章に変換してみたんだが…鰐じゃないということが分かった」

 当時の証言によると、鰐と似た生物の全長は十メートル以上あるようだが、現代で発見されている鰐の最大体長は七~八メートルとされる。

 性格は凶暴で、人間や家畜を捕食。体は頑丈で、刀剣や鉄砲などでは歯が立たないとのこと。戦国時代にこんな化け物が存在していたことが驚きだ。


「鰐じゃないとすると、こいつは何なんだ?」

「目撃記録には、人を食らう化け物としか書かれていない…一応、友人の古生物学者にも見せたんだが…現代の虫類より古代種…恐竜に類似しているという仮説が出た」

「もし、恐竜の生き残りなら大発見だな、それに…どうやって奴を撃退…退治したのか気になるところだ」

「それなんだが…」

 俺が疑問を投げかけると、磯崎は新たな書物のページを開いた。


「今度は何だ?」

「作者は不明、怪物の絵と同じくらいの時期に執筆されたの一部だ」

 磯崎は俺たちに小説の内容を話した。


 時は戦乱の世が過ぎつつある日本。突如、得体の知れない怪物が現れて、人間に対して敵意を剥き出しにして、容赦なく襲撃を始める。

 人間は刀や弓矢、爆弾、大砲などで応戦するが、全く効果はなく、謎の怪物は村だけではなく、人口が密集する土地に侵攻していた。怪物を倒すための策は思い浮かばず、このまま人間界が滅びるのではないかと予想されたが、そこに突如、救世主が現れた。

 独りの娘は不思議な力を持っており、〝巫女〟と呼ばれていた。怪物は巫女の特殊能力に圧倒されて、静かに海の方へと消えていった。


「どうだ、感想は?」「うーん、そうだな…」

 磯崎に小説の感想を問われると、俺は率直な意見を述べた。

 ストーリーの内容から現実味のない虚構フィクションだと窺えるが、日本最古の空想科学小説とは言い難い。実話に基づいた小説だとすれば話は別だ。俺も同じような体験をした。


「ようやく気付いたようだな」

「このために俺を招いたってわけか?」

「どういうことだ、説明しろ」

 周りの酔っぱらいは全く理解していなかった。俺と磯崎はそれに構わず、話を続けた。


「最近、世界中の学者の友達から…面白い情報が流れてきたんだ…」

 磯崎は俺や周りの友人たちに不敵な笑みを浮かべた。そして、彼は専用のタブレットを取り出して、また何かを提示するのであった。タブレット画面には、世界各国の歴史書、関連文献、遺跡の写真などが表示されていた。


「近代と古代の文明を中心に資料を送ってもらったんだが…興味深い点があった…だ」

 磯崎は気になる画像を拡大して、俺たちに見せた。

「これって…!」

 俺たちはタブレット画面に表示された画像を見て、驚きのあまり、口の筋肉が緩んだ。表示された西洋画には、見慣れたものが描かれていた。


「さっきの日本絵画と似ているだろう、この怪物は遠い昔から世界中に存在していたんだ」

 磯崎の説明によれば、怪物ははるか昔から世界中の神話・民話に登場しており、国や時代によって捉え方が異なっていた。宗教上の象徴シンボルとして崇められたり、破壊の神として恐れられたりと様々だ。

 さらに怪物が実在していた証拠があり…


「…アメリカの友人が送ってきた写真だ…」

 磯崎が俺たちに見せた画像には、彼の友人の曽祖父の若かりし頃の姿が映っていた。太平洋戦争時に撮られた写真で、曽祖父は当時の海軍兵士だった。その写真は俺たちを戦慄させた。


「…これは合成じゃないのか?」

「いいや、大戦時に撮られた写真だ、さすがに驚いただろう」

 八十年以上前に撮影された白黒モノクロ写真に、驚愕させる物体が確かに写り込んでいた。それは俺を作家に導いた怪獣だった。奴が出現してから三十年経とうとしているが、あの時の記憶は今でも鮮明に残っている。


「いろんなものを見せてもらったが、磯崎あんたの結論が訊きたいな…」

「僕もはじめは信じられなかったが、あの怪獣は長年、我々人類と共存していたことが解明されつつある、是非、君に話したかったんだ」

「ありがたいね、貴重なネタは仕事に活かせそうだよ」

「どうやら、アメリカでの目撃情報が多いようだ、この写真を見てくれ」

 磯崎はそう言って、タブレット画面に別の画像を表示させた。その画像には広大な荒野の風景が写っており、うっすらと妙な影があった。

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