第3話 その1

異邦のほし

第一巻 巨大生物の謎


参.


 寺仲の離婚騒動で彼の生活環境が一転する中、別の場所で密かに何かが起きていた。舞台は海外となる。


 北緯八十度の北極圏に氷に包まれた島々がある。

 ノルウェー領 スヴァ―ルバル諸島の年間平均温度はマイナス七度、九州と四国を合わせたほどの領土の六割が氷河に覆われている。だが、そんな厳しい環境で野生動物が多く生息、春になると活発に活動する。


 島の野鳥の種類の数は豊富で、運が良ければ、ベルーガの愛称で知られるシロイルカ、日本で話題になった愛らしいアゴヒゲアザラシ、北極圏の巨人セイウチ、北極最強の肉食獣シロクマと遭遇する。まさに野生動物、海洋生物にとって楽園であった。


 日本からスヴァ―ルバル諸島へはノルウェーの首都、オスロを経由する。さらに北へ二千キロメートル進むと、目と鼻の先はもう北極点である。


 現時点(五月)で気温はマイナス五度。深夜の時間帯でも太陽が沈むことはない。〝白夜〟という北極圏や南極など緯度が高い場所で起こる現象で、スヴァ―ルバル諸島では四月から八月まで夜が訪れることはなかった。


 スヴァ―ルバル諸島の玄関口、ロングイェールビーンは、世界最北の街で二千人が暮らしている。極北にもかかわらず、学校、教会など公的な施設の他、ホームセンターやショッピングモールなど商業施設も充実している。


 住民の四割はスヴァ―ルバルの研究機関で働く研究者や学生たちで、極地研究の前線基地として世界中から注目を浴びていた。



 ある日、日本からはるばる調査団体がやって来た。彼らは、生物学や地理学、様々な分野を専門にする学者たちで、空港で誰かと待ち合わせてしていた。


、こっちです!」

 日本調査団に力強く手を振る二十代の女性がいた。彼女の名は佐野杏沙さのあずさ


「やあ、こっちの生活はどうだい?」

「すっかり慣れました、大学時代にも滞在ステイしてましたし…」

 日本調査団の代表を務めるのは、関西圏の生命科学研究所に属する古生物学者であった。名は大津忠生おおつただお


 杏沙は、彼の助手で研究のためにスヴァ―ルバル諸島に派遣されていた。スヴァ―ルバル諸島はノルウェー領でありながら、珍しい条約が制定されている。条約に参加する日本を含めた四十五カ国の国民は、ビザなしで経済活動をすることが可能であった。


「早速だが…研究成果を見たい」

「はい、案内します」

 日本調査団は、杏沙の先導で湊湾の方へと向かった。彼らは現地の研究チームと合流して、北極圏の海域を航行するのだが…


 調査隊は北極圏の絶景が見慣れているせいか、海洋生物が現れても目もくれず、真剣な眼差しで乗船していた。


「…この辺りです、妙なを感知したのは…」

 杏沙がそう言うと、調査船は停まり、船内で調査隊が慌ただしく動いた。現地研究員は専用機材を作動させて、海中の様子を大津たちに見せようとした。

「感知したのは何時からだ?」

「一カ月くらい前です、当初は微弱でしたが…はっきりしてきました」

 杏沙は専用タブレットを操作しながら、大津たちに研究報告をした。船内のモニターには謎の波動の観測映像が映し出されており…


「…今までの観測データをまとめました、波動は鮮明になってきています」

 観測データを調べるとあることに気づいた。専用機材にはオーディオアンプが接続されて、耳を澄ますと何かの音が聴こえていた。


ヒュ~…


 観測された音は風や口笛に似ており、どういった現象かは解明されていない。

「…これはアザラシの求愛ソングと似ているな」

 その時、一人の生物学者が謎の音で思考を巡らせた。

ですか?」

 杏沙は生物学者の発言に興味を持ち、自然と話に参加した。


〝アゴヒゲアザラシ〟が求愛の時に歌うラブソングは特殊で、プラズマ波の音に近かった。プラズマ波とは、電磁場との相互作用による荷電粒子の集団的な動きである。

 NASA(アメリカ航空宇宙局)の探知機が行った観測によれば、プラズマ波は土星から環や衛星エンケラドスに向かって伝播していることが分かった。

 プラズマ波の観測で得られた電磁波の波形は、人間の耳で聴けるよう変換することができる。空気のない宇宙空間で直接、音が聴こえることは信じ難いが、〝宇宙の音〟は存在していた。アザラシは宇宙からの使者ではないかと、専門家の間で物議を醸したが謎のままである。


「海洋生物特有のコミュニケーション能力ということか…」

「それはあり得ないかと…海洋生物が生息できる水深ではありません」

「発せられた音は何処から?」

「水深五千メートルから一万メートルの間です」

「深海か…未知なる領域だ」

「最新鋭の潜水艇があります、潜って調査しますか?」

 大津の硬い表情に変化は起きず、杏沙の案に乗り気ではなかった。

「正体が分からない以上、無暗に接触するのは危険だ、距離を保って研究する方法が一つある」

「え?」

 大津が自信を持った表情を浮かべると、彼らの前に一人の女性が現れた。


「…紹介が遅れたな、もしもの時のために連れてきた、彼女は日本のサイキック開発センターに所属する草凪玲くさなぎれい君だ」

「サイキック…?すみません、専門外なので…彼女は何者なんですか?」

「草凪君は超能力者なんだ、彼女の力が役立つはずだ」

「超能力って…そんなのが現実に存在するんですか?」

 杏沙は大津の案が飲めず、困惑な気持ちが湧き出ていた。大津はさらに驚愕させることを口にして…

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