第2話 その2

異邦のほし

第一巻 巨大生物の謎


弐.


[さあ…今週も始まりました、〝よふかしテレビ討論委員会〟…]


 気づけばレギュラー化されて、俺は番組の進行役を担当していた。ここだけの話、何処かの真面目臭い政治討論番組と違い、あくまで娯楽番組バラエティのため、スタジオ内は和やかな雰囲気に包まれた。

 

 緩い番組で深夜枠のため、当初、あまり期待されず、一カ月くらいで終わるだろうと噂されていたが、予想を覆した。出演番組は意外と評判が良く、高視聴率を維持して、ファンが増加していった。

 放送は半年、一年、五年…十五年経っても続き、長寿番組になるとは夢にも思わなかった。ただ、番組の様子は酷いものである…


 最初は真面目に話し合うが、すぐ飽きてきて持続は不可能となり、テーマから外れることが多々ある。話が噛み合わなくなると、レギュラーのみならず、ゲストも暴走して未知なる論争に発展する。


「宇宙人が親戚なら連れて来いよ」

「あのUFOはハリウッド映画の宣伝だろ?」

「当選した大物政治家○○氏は実は…××だ!」

「都内で一番美味いラーメン屋は何処だろう?」」

「いっそ、麻雀番組にしない?」

「お前、先週…○丁目の風俗店行ってただろう?」


 話は脱線していき、テーマと関係ない話や放送禁止用語が飛び交う。不機嫌なゲストは途中退場して、二度と出演しない場合もある。テレビ局の上層部に怒られたことがあったが、視聴者側にはウケが良かった。カオス状態の放送の方が高視聴率で、中身がないとはいえ、人気番組である。

 

 それにしても、息が長い番組である。不定期でゴールデンタイムに進出して、新たなファンを得たり、年末になると長時間の特別番組が組まれる。ネット社会が浸透して、テレビは面白くないという時代に珍しいことが巻き起こった…


 ちなみに俺は番組のレギュラー陣と長い付き合いにあるわけだが、仲が悪い出演者が何人かいる。


 最も仲が悪いのは、伊集院 猛いじゅういん たけるという物理学者だ。俺は空想科学を専門にしているので、彼と意見が合わないのは当然だが、趣味や価値観がまるで違う。

 伊集院はエリートの家庭で生まれ育ち、自身も高学歴、論文が評価されて、若くして名誉ある物理学賞を受賞。海外メディアにも注目されている。俺と立場が似ていて、ライバル視することとなる。


 犬猿の仲となったきっかけは、二十世紀末に現れた怪獣についての件である。怪獣はどのような存在か、何故生まれたのかというテーマだった。

 

 伊集院はこう論じた。

「あの巨大生物は自然の摂理に反している…放射能物質で構成されているのなら、人類が生み出した兵器だ、核の力を放棄しないなら…奴はまた現れるだろう…」


 彼の意見に対して、俺はこう反論した。


「あの巨大生物は人類では手に負えない神の化身、破壊の神…現代の科学では解明できない存在に違いない…地球の何処かに立ち入れない聖域があるはずだ…」


 俺たちの論争はヒートアップしていく一方で、周りの者はついて行くことが不可能だった。皮肉にもその時の放送は高い数字を獲得した。

 よく仲が悪いのは演出ではないかと疑われるが、俺たちの場合はガチである。休憩時間、全く目を合わさず、口も利かない。

 やがて、レギュラー陣の間で派閥ができるわけで…


 他に絡みにくいのは、宇賀神 賢吾うがみ けんごという遺伝子工学バイオテクノロジー科学者。中立的な存在で、どうも取っ付き難い。独自で怪獣を研究しているそうだが詳しいことは教えてくれない。それはさておき…


 俺は軌道に乗ろうとしていた。仕事が大幅に増えて、テレビでは、情報番組のコメンテーター、クイズ番組の解答者。さらにラジオ番組、イベント司会、講演会と本業以外も積極的に取り組んだ。仕事には不自由しなかったが…

 

 人生はそう上手くいかない。


「…これに名前を書いて!」


 俺が酔いつぶれて帰宅すると、妻、静恵しずえが鬼のような顔で現れて、一枚の書類かみきれを机上に叩きつけた。それは離婚届であった。離婚の原因に心当たりはあった。

 俺は外の世界に集中して、家族はほったらかしだった。仕事が終われば、業界人と派手に夜遊びをして、朝帰りの回数は数え切れない。


 可愛い長女は年頃となり、ごみを見るような目をされたことがあった。学校の行事、習い事の発表会に一度も顔を出していないのだから当然だった。妻との会話も減り、家族の絆は薄れていき、気づいた時は手遅れであった。


 さらに不倫疑惑も浮上して、追い打ちをかけられた俺は、離婚届に判を押すしかなかった。法律上、俺は慰謝料と養育費を支払う必要があった。


 結婚生活は二十年で終結。人類と怪獣の戦いから三十年後の夏、俺は改心して、ゼロからスタートすることを誓った。

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