第1話 その1

異邦のほし

第一巻 巨大生物の謎


壱.


 俺の名は寺仲健介てらなかけんすけ 東京都出身。職業 小説家。科学では解明できないもの、空想科学を専門に扱った作品を世に出している。今の職業に就いたきっかけは、三十年前に起こった世界規模の凄惨な事件である。


 富士山に巨大生物が現れる――――――― 


 当時、九歳だった俺はろくに新聞を読まなかったが、家族の朝食時間のこと、親父が朝刊を読んでおり、その時の記事の見出しが目に焼き付いた。

 スポーツ新聞や子供向けの空想科学専門雑誌なら納得できるが、お堅い大手の新聞記事に非現実的な事件記事が掲載されていることは異例だろう。

 それから俺は巨大生物のことが気になり、熱心に新聞を読むようにした。

 

 俺は幼少期から特撮ヒーローや怪獣が好きで、映画好きの親父と一緒に特撮映画を観たのが良い思い出であるが…


 かといって、生粋のオタクではない。ヒーローごっこや探検ごっこもしたが、野球にはまり、高校野球を観ようと、夏休みに家族で甲子園を訪れていた。

 ちなみに俺には兄と姉がいるが、二人は現実派で、漫画やSF(サイエンスフィクション)など虚構作品に全く関心がない。

 

 話は本題に戻る。当初、俺も疑ったが、たちまち巨大生物の目撃者が一人、十人、百人と増えていった。なお、当時の大人は奴を〝巨獣〟と呼んでいた。そして…


 巨獣の姿は富士山をバックに確認された。全長は四六.五メートル。前傾姿勢で動き、体型は肉食恐竜に近いが、全体的にシャープで折り畳まれた背びれのようなものがあり、ティラノサウルスと比べると頭部が小さかった。


 一九九九年、ゴールデンウィークに入った頃のことである。テレビ画面に映る巨獣を観て、俺は独り興奮していた。昔、ネス湖のネッシーが話題になった時期があったが、それとは比べ物にならない騒動であった。まさに客寄せパンダ状態だった。


 巨獣の出現場所、五大湖の一つである本栖湖の水深は、一二一.六メートル。湖底にはいくつか大穴があり、奴のような得体の知れない生物が潜んでいてもおかしくない。

 そもそも、富士の樹海には死にきれなかった人々が集まって暮らす村があったり、未確認飛行物体(UFO)が目撃されたりと、都市伝説の宝庫であった。


 俺は親父に頼み込んで、巨獣が棲んでいる富士山域に連れて行ってもらった。富士山周辺には、千人近くの見物者やじうまの姿があり、マスコミ関係の専用車両の他、空を見上げると、テレビ局のヘリコプターがいくつも飛んでいた。

 目立つものはいくつもあり、テントを張って、キャンプする者もいれば、露店を開いて金儲けする者もいる。一つの娯楽街と化して、観光名所の富士の湖での賑わいは例年以上であった。


 普段、富士山周辺は夜になると暗闇に包まれるが、警察が警備体制を整えて、照明ナイター装置により、やたら山間部は明るかった。巨獣の姿は肉眼で確認できないが、見物者は妙に高揚して、自由気ままに騒いでいた。それからである、異変が起きたのは…


 ある真夜中、巨獣は本栖湖から出たことがなかったが、何故か陸へと上がった。そして、見学者おれたちの前に堂々と姿を現したのであった。

 その場にいた者は驚愕するのと同時に興奮していた。俺は宿泊部屋のテレビで目撃情報を入手、カメラを持って、親父と共に現場へと向かった。だが…


 警察が用意した照明装置の光は、巨獣に集中した。そして…


ギャォアァァァァ…


 巨獣は見物客たちをじっと見た後、激しく雄叫びを上げた。当時の生物学者の説では、奴の性格は大人しいと分析されていたが、それは全く違っていた。


 巨獣は見物者の鹿が気に障ったのか、夜行性なのか、原因は不明だが、急に活発的な姿を見せた。つまり、暴走である。歓声が絶叫へと変わった瞬間だった。見学者は警察の指示で安全な場所に避難したが…


 五十メートル近くの巨大生物が暴れ回れば、一溜まりもなく、暴走する巨獣にとって、逃げ惑う人間は格好の餌食となった。

 俺はというと…


「…健介、何やってる?早く逃げるぞ!」

 俺は親父と避難するわけだが、ビデオカメラの電源を入れたまま、さりげなく撮影を続けていた。暗闇にうっすら見える影、巨獣は気が済むまで暴れた後、本栖湖へと戻った。巨獣による富士山域の惨劇事件は、三百人以上の死傷者を出して、ひとまず幕を閉じたのであった。

 

 俺はせっかくの大型連休ゴールデンウィークが台無しとなり、不機嫌な顔で帰路に就くわけだが、巨獣を間近で見たことが友達に自慢できた。

 俺のように巨獣の見物した同級生クラスメイトも割と多く、興奮のあまり話は尽きなかった。ただ、大人たちにとっては国家を揺るがす重大なことであった。

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