ひまつぶし

403μぐらむ

短編

暇潰しにどうぞ。



 やばい。

 まじ半端なくやばい。



 暇すぎる……。暇すぎて意識が半分ほど何処かに持っていかれそうなくらいだ。頑張れ、松田純貴まつだじゅんき! 正気を保つんだっ。




 金曜日の夜。時間はまだ9時にもなっていない夜はまだこれからという時間帯。

 テレビは元よりあまり見ないので暇潰しになってくれない。動画チャンネルも一通り目を通したが目ぼしいものは見いだせなかった。

 スマホのゲームを立ち上げてみるがさほどこの手のものが好きではないのでやっても5分も保たずに飽きてしまう。

 まだ読んでない漫画もないし、かと言ってこの時間から文庫本を開くのもめんどくさい。


「暇すぎる!!」


 誰か他にも暇なやつは居ないかとメッセージアプリで片っ端から声を掛けてみるがみんな遊びに出掛けていたり、バイトに勤しんでいたり、音信不通だったりと話し相手にさえ困る次第。


「ん、そういや泰吉やすきちのやつはこの前バイト辞めたって言っていたよな。じゃぁ、今頃家で暇しているんじゃないか?」


 そう思い出して早速親友の泰吉にメッセージを打つ。


『おーす。ヒマ?』


『うん。暇しているとこー』

 ものの数秒でレスが返ってくる。やっと暇潰し相手を見つけることが出来たようだ。


『良かった。なら、ちょっと駄弁んない?』

『純貴も暇だったの? 別にいいよー』


 おっ、こいついつもよりもノリがいいかもしれない。こいつもだいぶ暇を持て余していたんだろうな。


『この前動画見たじゃん』

『どのやつ? みんなで見たやつ?』

『そうそう、アニメのショートムービー。あれってもう一度見たいんだけど何処のチャンネルかわかるか?』


 広瀬煌ひろせこうってやつが見つけてきて、彼のタブレットで仲良し男女6人が並んで見たんだよね。


 男は俺、煌、泰吉。女の子は鈴木れんに新堂皐月しんどうさつき。あとは俺が今一番気になっている女の子、畠永花恋はたながかこちゃん。


 この6人でしょっちゅうつるむんだけど、男女で一対一にはまだ一度もなったことがない。

 ちょっと前に確認したら、煌はれん狙い。泰吉はこの中ではなく幼馴染ちゃん狙いなので、花恋ちゃんは俺が取りに行っても無問題。

 つーても、そんな勇気が俺にはないのでこのゆるい関係を維持していくことに精一杯だったりする。


『公式があったような気がするからちょっと待ってて調べる』

『おけ。たのむ』


 あのアニメは花恋ちゃんも気に入っていたみたいだから、俺も復習しておきたかったんだよな。何かの拍子に話が広がるかもしれないだろ?

 ほんの2~3分したところでスマホにポフンとメッセージが届く。


『これだよね(URL)』

『ああ、これこれ。取っておきたかったんだよね』


『へー。純貴ってこういうのが趣味なの?』

『ああ。趣味っていうか』


 泰吉は俺の親友だし、これまで黙っていた俺の恋愛事情も話しても構わないかな。いいよな。泰吉だって奴が好意を寄せている幼馴染の話をしてくれたもんな。

 俺だけ言わないっていうのもフェアじゃないと思うし。


『面白いアニメだったとは思うけど、実はあのアニメに花恋ちゃんが興味持っていたみたいだからさ』

『そうなの、面白かったもんね。だから、純貴も興味を持ったって言うわけなんだ』


『そういうこと。これで花恋ちゃんと二人で話ができるかもしれないだろ? やっぱそろそろグループじゃなくて二人きりになりたくってさ』

『どゆこと?』


 まあそういう反応にはなるよね。はぁ、本人に告白するわけではないのになんだかドキドキしてしまうのも恋の末期症状なのかもな。


『言ってなかったけど。俺さ。花恋ちゃんのことずっと前からいいなって思ってたんだよね』

『いいなって言うことは、そういう意味で?』


『そういう……。まあ端的に言うと花恋ちゃんのことが好きなんだ』


 とうとう言ってしまう。まあ、本人じゃなくて泰吉相手なんだけどな。泰吉はアレでも口は硬い方なので漏れて花恋ちゃんに知られてしまうってこともないだろうし、そこは安心しても良いところ。


 俺の告白に驚いてでもいるのか珍しくレスが止まり、10分ほど間が空いてしまった。もしかしてトイレにでも立ったのだろうか?

 それとも例の幼馴染ちゃんが突如乱入してきたとか? それはそれで羨ましい状況だけどな。


『どういうところが好きなの?』


 幼馴染ちゃん案件じゃなかったようだ。普通に聞いてきたから、トイレにでも行っていたっていうのが正解なのかもな。


『まず、圧倒的に可愛い。バッチリ俺の好みのど真ん中なんだよね。クリリとした目もいいし、小さめの鼻も可愛い。唇なんて見ているだけで吸い込まれそうになってしまうよ』


『お、おお。好きなのは見た目だけなんだ』


『とんでもない! 花恋ちゃんは礼儀正しいし、優しい。それに頭もいい。なにより誰にでも分け隔てなく接するその姿は俺も尊敬しているくらい。性格だってベスト・オブ・ベストだよ。そこは間違いない!』


『ちょっと褒め過ぎ』


 おっと、泰吉相手にどれだけ俺が彼女に惚れているかを長文で送ってしまった。若干引かれたかもしれない。

 が、俺的にはこれだけでは満足できない。たぶん一晩中花恋ちゃんの良いところを並べろと言われても、いや言われなくても並べていくことは可能である。


『でも分かってくれただろう? 俺がどれだけ花恋ちゃんのことが好きかってことは」


『よく分かったよ』

『良かった。俺も伝わって嬉しいよ』


『それでなんだけど』

『うん』


 心なしかレスのペースが落ちた。なんとなくだけど間が空いているような?

 泰吉も俺の愛のパワーに当てられちまったのかな。









『わたしも純貴のことが好き』





 は? なんて!

 泰吉! どうした!? おまえ、幼馴染ちゃんが……え? おとこ、だよ? 俺。


『も、も一度言ってくれないか?』

『前の会話読めばいいでしょ? 恥ずかしい』

 

 だって。おかしいでしょ? 泰吉が俺のこと好きって会話がそもそも成り立ってないじゃん。俺、花恋ちゃんのこと好きって言ったのにその返しがわたしもって。


 …………わたし?


 泰吉がわたしなんて言ったこと聞いたこと無いし。そもそもやつは自分のことっていう。絶対にわたしとは言わない。


 ……あれ? じゃあ、俺が今会話している相手って……?


 アイコンは猫だ。泰吉のアイコンも猫だ。だけどあいつのはあいつんちの茶トラの「みたらし」って名前の猫だったはず。

 今画面に写っているのは完全なる黒猫ちゃん。幸運を齎すと言われている黒猫ちゃんですよ。


 じゃあ、名前は? 泰吉はそのまんまの彼の名字のだったはずなので見間違いはしないと思うけど――って書いてある。おー……似ている字被りかよ。

 花のJKのメッセ名がそのまま名字ってそりゃ無いだろ? なんかもう少し捻ろうよ……。



 うん。

 この1時間ばかり泰吉だとばかり思いながら会話していたのは花恋ちゃんでした。

 エロい話は運良くしていないけど、最終的にはなんか告った形になったのは完全なる失策だよね。


 とはいえ兎に角今はそういう反省は横に置いておいて大事なことに目を向けよう。


【わたしも純貴のことが好き】


 もう一度スマホの画面を見たけど、間違いなくそう書いてある。これって俺と花恋ちゃんは相思相愛の仲ってことでいいのだろうか。良いんだよな?

 やっぱちゃんと確かめないと不安になってくる。


『電話して良い?』

『いいよ』


「もしもし」

「もしもし」


 電話越しの花恋ちゃんの声も可愛いなぁ。なんてこと考えている場合じゃなくて、言っておかないといけないことは伝えないと。


「あの、さ。実を言うと花恋ちゃんと会話しているつもりなくて……ごめん。泰吉と勘違いしてた」

「うん。多分そうじゃないかと思ってたけど黙ってたんだ」


 ああ。バレていたんだね。それならそうで、気が重くならずに済むので良かった。


「はは。そうなんだぁ、人が悪いなぁ」

「嫌いになった?」


「そっ、そんなわけ無いじゃん。えっと、改めまして。花恋ちゃん、好きです。俺と付き合ってください」

「はい。喜んで。わたしを純貴の彼女にしてください」


 そのあとも長々と話をして明日のデートの約束をしてから電話を切る。


 夢心地の時間を過ごした。

 たまには暇なのもいいかもなんて思ったりしたのは果たして本当の夢の中でだったか。

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