七不思議を求めて

奥行かしき史料室

「とりあえず、わかっているところで事前準備したのは、まず史料室ね。」


 ビシッ!と桃香は言った。


「資料室? 図書室の間違いじゃなくて?」


「資料室ってどの資料室?」


 美貴はそこは図書室とかじゃないの、と首をかしげた。

 私は各教科の先生が授業に使う教材をしまう部屋のどの教科の資料室なのかと桃香に訊いた。


「あら、今回は珍しく美貴の方がある意味正解に近いね」


 桃香はそう言ってから説明を始めた。


「史料室は漢字で書くと、歴史の史の方の史料室で、教材をしまってる資料室とは別の場所になるわ。」


「へー」


「あぁ、文字の資料ね」


「漢字の通り、ここの史料室は本校の歴史とこの辺一帯の歴史に関する本が収められてる部屋のことで、図書室の奥にあるわ」


「あー、あの謎の扉かー」


「なるほどね」


 桃香の説明を聞いて場所を理解した美貴は図書室にまず進もうとした。

 図書室は今いる北校舎の最上階である四階である。一年生の教室は北校舎三階なので上に、一つ上がるだけである。


「ただ、図書室の管理をする先生に挨拶して史料室の鍵を貰わないと入れないわよ」


 図書室に居ればいいけど、桃香は言った。


「あー確かに開かずの間だったっけ」


「それに挨拶しておかないと、忘れられて図書室に閉じ込められるかも」


「それが七不思議の原因?」


「いや、そんなの携帯繋がればどうにかなるでしょ」


 それだけの問題じゃないけど、と私は言い足を進める。

 私達は北校舎四階の図書室に向かった。

 図書室に着いて、入ると運良く先生が居た。

 桃香がカウンターに近づき先生に話しかける。


「こんにちは、先生が図書室管理してる先生だったんですね」


 現代文の八重垣先生が図書室に居た。定年が近いベテランの優しく穏やかなマダムで女子にそれなりに人気がある先生だ。

 少なくとも私達のクラスの担任よりは良き先生である。


「あら、こんにちは、斉木さん。それに宮島さんと稲見さんね」


「こんにちはー」


「こんにちは」


「宮島さんはここは図書室なのでもう少し静かにしましょう」


 私達も挨拶する。挨拶だけで注意される美貴は凄いと思う。


「しぃぃーっだよ!」


 桃香にも人差し指立てて口の前でしぃぃーってされる始末である。


「先生、史料室の閲覧の許可を下さい」


 鍵を貸してください、と桃香が言った。


「斉木さんと稲見さん達なら問題無いですね、宮島さんは史料を大切に取り扱って下さい」


 そう言って先生はカウンターの引き出しから鍵を出し桃香に渡した。


「まず、最後に人が入ったのが掃除のときだいぶ前ですね。おそらく史料室に入ると埃っぽいと思うのでまず窓を開けて換気して下さい。5時半までに史料室は施錠して鍵を先生に返して下さいね」


 勿論窓も適当な時間に退出するまでに閉めてください、と先生は言った。


「はい、わかりました」


 では、失礼しましたと行って桃香はカウンターから離れる。

 そして3人で図書室の奥へと向かった。


「ここが例の開かずの間ね」


「鍵閉まってるだから普通に開くでしょ」


 桃香が鍵を刺そうとしてるところに美貴がノリノリで何か言っている。

 そして私はツッコミを入れた。


 ガチャリ――


「ちゃんと開いたよ」


 そう言って桃香は史料室への扉を開けた。


「では突撃ぃー」


「だから、騒いだら先生に怒られるよ」


 美貴が駆け足で入っていく、私は呆れながら歩いて付いていってドアを閉めた。


 史料室は狭く細長い形の部屋だった。

 少し埃っぽく図書室よりもさらに古い物が集まった匂いがする。

 おそらくスペース上の問題で閲覧用のテーブルは見当たらないので背の低い棚の上を代わりにするのだろうか。

 見渡すとここら辺一帯に関する古い書物や学校を作る時に作成した資料、歴代の卒業アルバムなどわりお新しい物もあるようだ。

 桃香は奥まで行って窓を開けたようだ。


「お、時代劇に出てきそうな物もあるじゃん」


「……取り扱いには気をつけてね」


「……」


 背の低い本棚の上に一冊だけぽつんと本が置かれていた。

 本棚の高さは私の胸の下くらいまでのサイズである。

 昔の書物です、みたいな物に美貴は目を輝かせ、私はそんな美貴に注意をする。

 そんな私たちを尻目に桃香はキョロキョロした後眼鏡を少し外してまた戻した。


「桃香はどうかしたの?埃っぽくて目にくる?」


「ん?いや、私は大丈夫だよ」


 私が心配して声をかけたが、気にしないでと桃香に返された。

 美貴がそういえば、と、口にする。


「そういえば、あの先生、モモとシノなら大丈夫って言ってたけど2年担当の先生で殆ど接点ないよね、何を基準に大丈夫って言ってたの?」


「あぁ、ソレね。簡単に言ってしまうとあの先生はここが地元かつ本校の卒業生でここで長く先生をしてるから色々詳しいんだと思う。」


「うーん、どちらかというと、私の場合はパパがカメラマンとしてここで仕事してることがあるからな気がする、家に関しては忍の言う通りだと思う」


 因みにここの学校パンフレットとかの写真はパパが撮ってたりするよ、と桃香が言った。


「そうなんだーすごーい」


「そういえば、桃香のお父さんカメラマンだったっけ」


 驚き褒める美貴を見ながら、桃香のお父さんのことをぼんやりと思い出した。

 桃香のお父さんの顔は爽やかな癖のない優しそうな顔をしていたが、桃香は見た目はあまり似なかった気がする、だが、今思うと中身は割と似ているような気がする。


「美貴はともかく忍はカメラ持って撮影してるパパと会ったことあるでしょ」

 

「うん、あったね…うん」


「何その反応」


「うん、桃香のお父さんは良いお父さんだよ、家族思いの良いお父さんだよ、うん」


 灰汁というか何というか癖が強すぎるけど、と言う言葉は飲み込んでおく。


「パパは言動がアレだけど仕事は期待以上のモノを出すから」


「うん、思い出した」


 桃香の父親は先祖返りの天才とか言われてるのを聞いたことがある。そういうことなんだろう。


「モモのお父さんてどんな人?」


 カメラマンなんだ?と美貴が桃香に訊いている。


「元々私の家はこの地域最初の寫眞館を開いた家でその関係で私のパパはカメラマンをやってる感じよ」


「へー、ソレで高校はココだったと」


「昨日言ったけど、ここのOBなのよ、先生の年齢的にパパの在校時の事も知ってそうな気がするのよね」


「それはありそう」


「さて、この本はなんだろね?」


 和紙の古い書物です、て顔をした本を私達は見る。


「そもそもここに置いてあるのおかしくない?」


 誰かが置きっ放しにしたのかな、と私が言うと、桃香はうーんと言った。


「最後に入ったのが掃除って先生が言ってたからそれは無いと思う」


 桃香の言葉で私達は互いを見合わせ室内に沈黙が走った。


「えーと、とりあえず何の本かなー?」


 恐怖心から好奇心への切り替えが早い美貴が本を手に取り開いた、そして閉じてあった棚の上にそっと戻した。


「ナニコレイミワカンナイ」


「ぶっっっ!!」


「秒で諦めてて草」


 私は美貴の冷めた声と言動に噴き出し、桃香は素直な感想を言ってからかう。


「いや、コレ読めナいヨ!?」


「どうして片言なの?」


「さて」


 本に指をさして、絶対二人も読メないカラ、と謎のイントネーションで何か言ってる美貴を桃香は笑いながら質問する。

 私も本を手に取り開いて中身を見た。


「うーん」


 餓えが何とかと書いているようだ。


「ほらやっぱ読めないじゃん!」


「忍、どうなの?」


 何か勝手に捲し立てる美貴を横目に筆で書かれた繋がってる文字を凝視する。


「うーんと、多分なんか飢饉があったみたいな話みたい?」


「えぇっ、シノちゃんコレ読めるの!?」


「どれどれ」


 私が読んだ箇所を説明すると美貴が露骨にショック受けた顔をする。

 あまりにも失礼な気がするが美貴は放っておく。

 桃華は私に近付き本を覗き込んできた。


「ふーん」


「桃華はどう?」


 桃香はパラパラとページを捲る、するとぼおっとした顔が心なしか険しくなっていた。

 私は心配になり桃香に大丈夫かと訊いた。


「多分山のお社の昔話ぽい?飢饉というか慢性的に貧しかったんだと思う……」


「エ、ソンナニコレ読メルノ」


「そういう内容はなしなのコレ」


 桃香はパラパラ見てからそう告げるとワタシダケヨメナイノー!?と何か言ってる美貴を尻目に私は、パラパラ読んだだけでわかるんだ、と桃香に訊いた。


「さっきの本の内容を昔読んだことがあった気がする、おそらく家に同じ内容の本があるんだと思う」


 率直に言うと読んだことがあるから、になるんだけど、と桃香は言った。その顔は微妙に面白くなさそうな顔だった。

 私にはそれだけじゃないように見えたが。


「ここに収蔵されてる史料って山のお社の祝家、元々分家だった元華族や財閥を縁戚持ってて地方財閥をしてる政理家、学園ここの経営してる常盤家とそれぞれの分家が大半を寄贈してる筈で後は個人が何かしらの寄付とした物を集めてこの地方に関するものを史料室ここに収蔵してると思うんだけど」


 勿論お金になるようなタイプの貴重なモノは別にしてね、と桃華は言った。


「それでそれでー」


「片言やめたんだ」


 美貴は聞きたそうに次を促し、私は美貴に茶々を入れる。


「まぁ、さっきの家の話になるんだけど、おそらく私の家の斉木家も寄贈してる筈なんだよね」


 何処にあるかな、と辺りを見回した。


「あーなるほど、寫眞館だから写真や画像での地元資料は持ってるだろうね」


「モモちゃんとこホントに凄い家なんだねー」


 私は納得していた、美貴はスゴイスゴイー、と桃香を単純に褒め倒していた。それに対して桃香は少し照れていた、内心はおそらく嬉しいと思われる。


「えっと、斉木家は初代の奥さんが山の社の祝家の巫女様だったんだよね。だから実質分家扱いでそれで立場があるっていうのもあるかな?」


「そういえば確か、今の祝家の当主様と桃香のお父さんは仲が良かったよね?」


「うん、パパは当主様にケツ蹴っ飛ばされながら命令されるのが良いって言ってた」


「え」


「ね?この家のお父さん灰汁が強すぎてキツいんだよ」


 悪い人じゃないけど、と私は美貴に言った。コレで仲が良いのは間違いでないのが凄いと思う。

 桃香が民話関連の棚に隙間がある箇所を見つけてそこに本を納めた。


「へー、じゃあ今度は斉木家寄贈の資料とか?」


 美貴が次はシノのところにしよう、と言い決定した。


「寄贈そのものがここに無くてもコピー品は何かあると思う」


 昔の古い写真系は暗い場所とかに管理されてるかもしれないけど、と桃香が言った瞬間――


 ズズッ


 何かが擦れて動く音がした。


「えっ」


 音のした方を見ると引っ張られたようにはみ出ている本が一冊あった。

 近くに居たのが私なので私が引っ張り出す。


「え、何々、学園予定地及び開校改修写真集……」


「あ、ビンゴだね……え?」


「そっかー、え……?」


 それ当たり、と桃香が言ったのでさらに場が凍りつく。

 かなり大きい本なので一先ず先ほどの昔話の本が置いてあった棚の上に置いた。


「やっぱり何かおかしいよね、ココ」


 桃香がおかしいと言い

 先ほどの違和感は気の所為ではなかったことが判明した。


「ココに見えざる司書さんでも居るのかね?」


 私達がそんなこと言ってるのを横目に美貴が写真集を開いた。


「では、気を取り直してオープゥン!」


「まぁ、いいか」


 物怖じしないなぁ、私は思いつつ私たちは本の中を確認する。

 開いて出てきたのは白黒の輪郭も何処かぼんやりしかけてる写真のコピー画像集だった。森と神社などの画像や今とは違う姿の学校が出来た姿などが見ることが出来た。


「へー高校が作られる前の姿かあ、なんていうか森、あ、神社だ」


「神社の大きさは変わらないね」


「校舎は今と違って木造か、それは……この建物は」


 やいのやいのと三人で写真集を見たらかなり時間経っていた事に気付き慌てて出る準備を始める。

 確かに面白い本だった。

 この建物の以前はどうだったのかも詳しく画像があり、後半の方は木造校舎と今のコンクリート校舎について纏められていた。

 建替え自体は桃香の親世代よりも前に行われていたみたいだった。

 

「このコンクリート校舎も思ったよりもだいぶ古いんだね」


 見た感じ古さはないけど、窓を閉めながら桃香は言った。


「おそらくさらに耐震補強の改修とかしてるんじゃないかな?」


 法改正のあと鉄筋を壁にとか増えたって聞くし、と私は写真集をしまいながらそう言った。


「さて、撤収ー!忘れ物は大丈夫?」


 鍵を持ち美貴は言った。

 私達は大丈夫と言い、窓の鍵を確認してから史料室から出る。


「ありがとうございました、失礼しました」


 そう言ってから桃香はドアを閉めて美貴から鍵を貰い施錠する。

 そして時間は17時前になっていた。


「先生、失礼します、鍵を返しに来ました」


 桃香が八重垣先生に話しかけ鍵を返却した。


「はい、確かに受け取りました、ところで史料室はどうでしたか?」


 八重垣先生が受け取った鍵を引き出しにしまいながら桃香達に訊いてきた。


「いやぁ、思ったよりも興味深い物があって楽しかったです、盛り上がって迷惑かけてなかったですか?」


「いえ、そういえば全く声聴こえませんでしたね、あんなに壁薄っぺらいのに」


「……確かに壁薄いですね」


 桃香含めて私達は振り返って図書室の奥を見る。確かに後で壁を作られて部屋にした感じの、薄い壁なのがわかった。


「なんか極稀に不思議な事が起こったりするらしいのだけど、先生は見たことないんですよね」

 

 見たことないので他人事な感じに先生は言った。


「そうなんですかぁ、今日はありがとうございました」


 三人で先生にお礼を言ってから図書室を退室した。





 図書室の窓の側で長い髪を靡かせ面白そうな顔で、退室する三人を見送る上級生の姿があった、昨日の上級生のようである。

 三人の姿が見えなくなると、彼女も姿を消した。


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