第36話 巨人の襲撃

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「来たか、ダークエイジ」


 人の死んだような臭いを辿って森まで来ると、そこにはフードを被ったある男が立っていた。


「誰だ、お前は?」


「忘れたのかい、前に倉庫で会っただろう?」


 そうして、その男はフードを取って素顔を見せる。あいにく姿は見えないのだが、声で見当はつく。この、俺の目の前にいる男の名前は、クロガだ。アイツは倉庫で少女と話していた、そして見つかった俺を追いかけようとしたものの、何故か気絶してしまった。


 お前が治安部隊だとかデビルズオール社だとかに関わっているというのは、既に知っていることだ。だからこの森で行っていることも、どうせ悪いことなんだろう。人の死んだような臭いが、とても近くで感じられる。


「ダークエイジとはカッコイイ名前だ。ミイラ男よりは風情があって面白い」


「目的は何だ?」


「まあ待て、焦っても何も起こらない」


 俺のことを追放し、更には俺の息の根を止めようとしてきた男は、ニヤリと笑いながらナイフを取り出した。クロガはいつからこんなにも腐り切ったんだ、戦闘員時代はまともだった。いや、人を殺したんだ、まともにはなかったか。


「もう一度問う、何が目的だ?」


「ダークエイジ、君は俺たちの計画をどこまで知っている?」


 クロガは取り出したナイフを、ポケットに入っていた布切れで拭き始めた。何なんだ、コイツは何がしたいんだ。


「……さあな、何も分からない」


「嘘をつくなダークエイジ。君は何もかも知っている、いや、知ってしまった。この街に潜んでいるんだろう、治安部隊の取りこぼしたネズミが」


 取りこぼしたネズミ、これはハードのことを言っているんだろうな。彼は治安部隊に襲われ、命からがらカービージャンクまで逃亡してきた。治安部隊もといデビルズオール社の不正の履歴や証拠は、彼が全て持っている。


 指名手配されたハードは治安部隊によって今でも捜索されており、先日は彼の情報が書かれたチラシが宙を舞っていた。それでも彼は懸命に生きて、今もなおビアスという名前の記者として誘拐事件を調査している。


「……カービージャンクの森で何をしている?」


「それは俺のセリフだ、ダークエイジ。何をしらばっくれている。本当は知っているんだろう、治安部隊とデビルズオール社の関係を。モンスターと、マーベラスの関係を」


 治安部隊、デビルズオール社、モンスター、この単語を聞いて俺は少しだけ戸惑ってしまった。治安部隊が悪いことをしているというのは知っていた、ハードから全部聞いていた。でも、奴らの口から直接聞くとなると、それはそれで驚いてしまった。


 その表情の変化を見逃さなかった奴は高らかに笑い始めた。


「やっぱりな、君は全てを知っているようだ。あのネズミから聞いたのか……まあ、この際何だっていい。そうだ、お礼を言っておこう。俺の計画を邪魔してくれてありがとう、おかげで計画を見直すことができた」


 奴は皮肉交じりに感謝を述べた。俺たちに計画を阻止されたのがよほど悔しかったのか、わざわざ丁寧に皮肉を述べるなんて、アイツらしくないな。


「俺の計画には欠点があったからな、君たちのおかげで計画をブラッシュアップできた。君がさっきから気にしているこの臭いも、計画の一部に過ぎない」


 奴は綺麗にしたナイフを腰に差し、ひと息ついた。


「それにしてもお前は覆面を被って人を殴る男、と世間を騒がせているらしいな。モンタージュですら捕まえられなかった誘拐犯を捕らえたから正義だと見なす者もいれば、悪を捕えるためなら殺人行為も厭わないその行為を悪と見なす者もいる。お前は、正義と悪の境界線に立っている」


「……何が言いたい?」


「正義にも悪にも、どっちつかずのお前は、いずれ世界を破滅させる存在となるだろう。俺たちの目的は世界の完全掌握であって、滅亡じゃない。だから、お前をいつか殺さなきゃならない」


「……そうか、それは今じゃないのか?」


「上司がお前を気に入っている。それに、計画のシナリオにお前は含まれている。今日は、第一段階に過ぎない」


「……何をする気だ?」


「言っただろう、計画はもう既にブラッシュアップした。既に動き出している、目的が完全に果たされるまでは、止まることなんてない」


 奴が言い終えたその時、遠くから鐘の音が鳴り響いた。




 ゴーン ゴーン ゴーン


 これは、上級モンスターの襲来を報せる音だ。北の方から聞こえたから、北に上級モンスターが現れたんだろう。となると、あの森のところか。それにしても、上級モンスターなんて珍しいな。


 上級モンスターはゴブリンでもオークでもない、スケルトンやスライムでもない、普通のモンスターよりも巨大で凶暴だ。姿こそまだ見えないものの、体長はゆうに10mを超える。


「ダークエイジ、君は討伐者じゃない。だから上級モンスターなんて倒せないだろう」


 俺の素性を何も知らない奴は高らかに笑いながら、手をバッと広げた。


「計画の第一段階はカービージャンクの破壊だ。君の生まれ育った地を、巨人が踏み潰して破壊する。さあ、絶望と憎しみを、何もできない無力感を心の底から味わえ!」


 それだけ言って、奴は森の中へ走っていった。くそ、逃げやがったな。追いかけようとしたが、俺は奴の発した言葉が気になっていて、その場から動けなかった。カービージャンクの破壊、巨人、上級モンスターの鐘の音、そうか、なるほどな。


 フンフンフン


 匂いを嗅いでみると、人の死んだような臭いが消えているのが分かった。代わりに上級モンスターが出現している。つまり、巨人は奴らによって洗脳されている。このタイミングで出現したのも、奴らがそう命じたから。


 ゴーン ゴーン ゴーン


 ゴーン ゴーン ゴーン


 続けて東西からも鐘の音が聞こえた。そして同様に、腐った肉の臭いも感じることができる。なるほどな、どうやらマズイ状況のようだ。


 カービージャンクには上級モンスターの巨人が、それも3体いる。巨人は、カービージャンクを囲むようにして出現したってわけだ。巨人は街の中心部に向かって進んでいる、そしてそこには彼らがいる、どうにかして助けないと!


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