第33話 行方不明

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『街の郊外にあるパン屋・エスポジートの地下室に誘拐事件のアジトが隠されていた!』


『昨夜の爆発はアジト内で起きたものだった。モンタージュは事件について調査中と述べている』


『カービージャンクの子供たち12名の全員無事が確認されました、うち3名が親族行方不明のため孤児院に送られるとのことです』


『ダークエイジを名乗る男はヒーローか否か』


 事件から3日が経ち、事件に関する情報が各地に出回ってきた頃、ダークエイジに関する新聞が飛ぶように売れた。やっぱりみんな、事件とか事故とか好きなんだろう。特にヌヤミさんは張り切っていて、事件発生から寝ずにずっと記事を書いていたようだ。平和なニュースを望むカールさんとは真逆の存在だ。


 僕の書いた記事もとても売れた。ダークエイジに関するニュースは少ない、だからかみんな興味津々だった。ダークエイジはヒーローか否か、それに関する議論もたくさんなされた。モンタージュですら気づかなかった誘拐事件を防いだのだからヒーローだとか、それでも人を殴るのは犯罪だとか。


 特に倉庫の事件では、ダークエイジは人を殺している。そこに関してはみんな怒っていて、あのヌヤミさんも「カービージャンクが治安の悪い街だと都市に勘違いされる」と怒っていた。ダークエイジがやっていることは、ヒーロー行為かはたまた私刑行為か。そういう議論が巻き起こるだけでも、記者の僕からしたら嬉しい。


「今日はお祝いだ、ヌヤミとビアスの記事の重版記念にな……乾杯!」


 僕はいつものように、新聞屋のカールさんたちと共にご飯を食べている。特に今日は記事がたくさん売れたからご馳走を頂くことになった。豪華な肉や魚が並ぶ様子に、一人娘のロナさんは目を輝かさせている。


 前はここにアークという男がいた。目が不自由で、常に杖を持っていた。僕がダークエイジに教えられてここに来た時に、入れ違うようにしてどこかへ行った。昔は一緒に住んでいたのだが、彼は今スラム街の端っこで暮らしている。


 新聞屋で新聞を配る仕事をしていたそうだが、もちろん目が見えないため上手く仕事もできず、そこに僕が来てしまったから、不要になったと思って消え去ったのか。それなら、とても悪いことをしてしまった。


 僕は魚屋の主人の家を借りて暮らしているが、ひとり暮らしにしてはとても大きい家だ。魚屋の娘のルミカは誘拐されていて、ダークエイジによって助けられたものの、親族が既にどこかへ引っ越したために孤児院に送られた。だからこの家はまだ僕のものだそう。


「それにしても、ビアスの記事は凄いな。ウォークアバウト史上、一番と言っていい程売れたぞ!」


「いえいえ、これもヌヤミさんと……ダークエイジのおかげです」


「……ダークエイジなあ、アイツのせいでカービージャンクのモンタージュ組織は終わりを迎えている。治安部隊の介入も仕方ないとされているが、ダークエイジさえ居なければな」


 そうだ、街の人々はダークエイジの介入によって、モンタージュが機能しなくなったと思っている。それは当たってもいるし、間違ってもいる。ダークエイジは確かに私刑を行っている、それでモンタージュが機能しなくなったと見ることもできる。


 しかしモンタージュが機能しないのは、治安部隊が介入しているからである。


 真実を知っていたとしても、いま告発すればまた潰される。タイミングを見誤ってしまうと、また誰かが殺される。そうならないためにも、今は我慢だ。


「そうですね、まあ食べましょう」


 カールさんの意見には特に反論せず、僕はパンを食べた。特にカールさんも気にせずに、続けて肉に食いつく。


 そうだ、食事が終わったらアークに肉を届けに行こう。彼もお腹を空かせているはずだ。工房で働いているとはいえ、とても貧しいに違いない。言ってしまうと、目が見えない人が働ける限界なんてたかが知れてる。


「あれ、これは食べないの?」


「ええ、アークに届けようかと思って」


「ああ、彼まだこの街にいるのかしら。もう外に出たと思いますけどもね」


「……と言いますと?」


「彼はここ出身じゃないの。だから各地を放浪してるんじゃないかしら。そもそも彼は目が見えない、カールが拾ったのも地面にうずくまっていたからで、ここカービージャンクに来たくて来たわけじゃないそうですし」


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「い、いない」


 彼が住んでいるはずの、スラム街の端のボロボロの家に来たものの、そこには誰もいなかった。鍵もかかってなくて、入ってみると家具も何も無くなっていた。これはもしかして、僕らに何も言わず引っ越したのか。


 壁の張り紙には「取り壊し予定」と書かれていた。そうか、このボロボロな家も跡形もなく壊されるんだ。そして何よりも、アークは僕らに無断で、どこかへ行ってしまった。そりゃそうか、彼にとって僕らはどうでもいい存在だったのかも。


 はあ、一緒に夜を過ごした仲だったのに。こうやって言うと、卑猥に聞こえてしまうな。そうじゃない、同じ家に暮らしていた仲なんだ。ダークエイジに薦められた新聞屋にたまたまいた男だが、それでも少しは仲良くしていたはずだ。


 カールたちから距離を置きたかったのか、それなら僕に言ってくれれば良かったのに。僕は義理堅い人間だ、自分で言えるくらいには。


 まあいい、こんな誘拐事件が起こる街だ、彼も逃げ出したくなるだろう。逃げるなんて言い方は良くないか、旅立ったんだ、どこかへ。


「バイバイ、アーク」


 それだけ言って、僕は家を出た。


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「仕方なかった、こうするしか無かったんだよ」


 黒い服を着た男は、涙を流しながらそう呟いた。


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