第27話 君と話がしたい

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「手を上げろ! もう逃げられないぞ」


 ここは警察組織・モンタージュの建物の真裏にある路地だ。この先は行き止まりで、簡単に言うと俺は追い詰められている。


「お前が全ての黒幕か!」


 目の前にいる男は小型の鉄砲を手にしており、それを構えたままゆっくりと近づいてくる。経緯を説明すると、モンタージュで働いている彼を外へ誘い出した。そもそも深夜にも関わらずモンタージュで熱心に働いているのは、彼しかいなかった。


「その包帯を取れ、早く!」


 モンタージュの紋章が着いた帽子を深く被る彼は、鉄砲を俺の頭に当てる。しかし、詰めが甘い。俺はすぐに足で彼を転ばせ、鉄砲を奪い取り、鉄砲の持ち手のところから弾を抜いてから草むらに放り投げた。


「く、来るな!」


 彼は後ずさりしながらもナイフを取り出し、必死にブンブンと振り回すが、これも甘い。避けながら近づいて行き、振り下ろしたナイフをサッと奪ってからまた草むらに放り投げる。


「くそ、何なんだ!」


「君と話がしたい」


 そう言って、彼を落ち着かせようとするも、逆効果か。心拍数が安定していない。仕方ない、結論から入るか。


「アルディアーク区とドラゴニック区の倉庫の事件、あれの真相が知りたいか?」


 その言葉を聞くと、途端に彼は落ち着いた。真剣な顔つきになり、さっきよりも低い声で問いかける。


「真相を知っているのか?」


「ああ、というよりも俺が関与した」


「この発言から察するに、出頭ということか?」


「いいや、君への情報提供だ」


 彼は腰のベルトに手を当てて、真剣に話を聞き始めた。まだ俺のことを疑ってはいるようだ、しかしそれでも彼は事件の真相が気になるのか、不審な男を目の前にしているのに捕まえようともしてこない。


「それで、情報とは?」


「あの事件はゴロツキ同士の抗争ではない、子供の誘拐事件だ。子供を誘拐した犯人は、俺が倒した」


「ほう、それは立派な犯罪だ。証拠はあるのか?」


「この目で見た。奴らが子供を倉庫に閉じ込めているところを見かけた」


「それは証拠じゃない、信頼できない語り手に過ぎないだろ」


「……証拠はない。探している途中だ、だから君に声をかけた」


 奴らの犯行の証拠はゼロに等しい。治安部隊が事件に関わっているなんてのも俺は知らなかった。俺が助けた子供たちの名前を調べておくべきだったな、近くまで連れて行ったから大体の位置は分かるのだが。


 そして魚屋の主人の娘、ルミカは今も誘拐されたままで帰ってこない。それに家族は引っ越しを余儀なくされたと聞いた。恐らく、警察に言わないようにするために脅したのだろう。もしくは、家族もまたどこかに幽閉されているか。


「要するに、倉庫の殺人事件の犯人はお前か」


「……そうだ。やむを得なかった、力を制御できなかった俺が悪い」


「今のは自白か、自首するなら今だ」


「いいや、自首するのは全てを終わらせてからだ。このままでは、カービージャンクが滅亡するぞ」


 その言葉を聞いて、彼は少しうつむく。自分の故郷を壊されたくないと考えたんだろう。少ししてから彼は口を開いた。


「犯罪者に協力したくはない」


 やっぱりか、どう見ても俺は犯罪者で殺人犯。これは覆せないんだ。あの時に、拳の勢いそのままに奴らを殺してしまった。ダメだった、制御できなかった。人を殺すのは戦闘員時代まで、そこからはモンスターを倒すことに専念していた。


 いいや、それ以前か。過去を振り返っても今はどうしようもない。だから、これからのことを考えよう。目の前の男を説得するには、真剣に向き合う必要がある。


「君は遅くまで仕事をしていたな、その仕事ぶりは正当に評価されているか?」


「……何の話だ?」


「君は上司に飽きられている頃だろう。訓練学校で訓練を受けて、頑張ってモンタージュに就職し、地元のカービージャンクで悪い奴らを懲らしめようとした。しかし、この地区は思ったより落ちぶれていた。子供の時は知らなかった闇が、どっと押し寄せてきた。まず手始めにこう言われただろ、『カービージャンクでは警察の仕事なんてない、ほら、酒でも飲め』と。どうだ?」


「……何を言っている」


「上司も落ちぶれていた、警察組織だと言うのに、スラム街は放置して事件があっても駆けつけない。思ってたより腐った街なんだ、ここは。でもそれを自覚したくないのと、もっと上の階級に行きたいのもあって、君は努力している。倉庫の事件を調べていたのも、それがあってか」


「…………」


「これだけ事件が続けば、記者もモンタージュを訪れるだろう。上司には『適当に対応しとけ』と言われたか、それでも君は熱心に対応するはずだ。しかし、持っている情報は少ない。だから記者も呆れて帰る。警察なのに、情報を隠している訳でもなく。そのうえ、捜査に関わるなと言われたんだろ」


「…………なぜ知っている?」


 これは今日の夜、カールの家でヌヤミたちから聞いた。モンタージュに行ったところ、熱心な青年が受け答えしてくれたそう。しかし彼は何の情報も知らされておらず、記者の質問にちゃんと答えられなかったらしい。ヌヤミは彼のことを「熱心なだけ、誰にも教育されてない可哀想な子」と言っていた。


 そしてその応対を見ていた上司に、ヌヤミたちの目の前で「お前は捜査に関わるな」と言われたらしい。これは青年が未熟だからじゃない、ヌヤミたちが悪意を持ってわざとそう接したからである。


 ヌヤミとビアスは偽の情報を渡そうとした、モンタージュから正しい情報を引き出すためのワナとして。こういう手段が記者の中ではよく使われているらしい。それに青年はもたついてしまったようだ。


 ただ、それだけじゃない。モンタージュの上司は明らかに何かをかんでいる。だから、青年を捜査から外したんだろう。


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