第26話 傷だらけの裸の女性
----------
「それと、これをヌヤミさんから貰いました」
そう言ってカバンから取り出したのは単眼鏡、遠くの目標を見つけるために使うものだ。戦闘員の時は1人1つずつ配られたな、懐かしい。ヌヤミもこれを持っていたとは、あの人は記者だからそりゃ持っているか。
「もし良ければ使ってください。貴方の方が持っているのに相応しい」
単眼鏡は値段が高い、だから持っている市民は数少ない。そもそも使う人が限られているのもあるが。それに、俺は目が見えない。今回は遠慮しておこう。
「いいや、君の方が相応しい。遠くから調査するにはそれが必要だ。それに、ヌヤミから渡されたものを簡単に他人に渡すな」
「……そうですね、最後にひとつ。奴らは治安部隊の戦闘員でゴロツキではありません、なので脅しても口を割るようなことはしません」
そうだ、奴らは戦闘員であり恐喝や拷問には耐性がある。ダリアだって、ボスの名前を口にした途端におかしくなって、そのまま自殺した。子供を格納している場所を見つけるには、少し時間がかかりそうだ。
クロガも元戦闘員だ、アイツも拷問には耐性があるだろう。情報を漏らすくらいなら、死を選ぶ。そうなると、情報はどこから集めればいいんだ。ゴロツキならまだしも、奴らは戦闘員だ。
「そうなると口を割るのは誰だ?」
「奴らが口を割らないのなら、次は他に事件を調査してる人に当たってみるしかないですね。この都市を守っているのは治安部隊だけじゃないですから」
そうだ、この都市には役所がある。そしてカービージャンクにもほぼ機能していないが、”モンタージュ”という役所の運営する警察組織がある。彼らは彼らで独自に、アルディアーク地区とドラゴニック地区の事件について調査しているはず。機能していないとは聞いているが、中には善良な兵士や訓練兵がいるはず。
マーベラスという巨大な都市の訓練兵は、まず中心部のハイディアンで訓練学校に通った後、各々の出身地の警察校や役所に派遣される。訓練学校を卒業するのは大体17歳とかだから、そのくらいの年齢で最近警察になった者だと、志に溢れている者とかもいるだろう。
そういう人は面倒くさがる上司をよそに、熱心に事件について調べているはず。「それはゴロツキの抗争だ」「調べる必要なんてない」と言われても、出世のために頑張って調べている頃だろう。
「警察には俺が聞いておこう。代わりに君はヌヤミの元で修行を続けて、数多くの情報を手に入れてくれ。後片付けは俺がやる」
----------
次の日の朝、俺はカールの家で朝ご飯を食べた。ビアスは残念ながら起きられなかった。そりゃそうだ、夜通しでずっと喋っていたのだから。あの後、解散してスラム街を離れてすぐに、女性の悲鳴が聞こえた。
「キャアアアアアア!!」
すぐさま現場に向かうと、そこには殴られて昏睡状態に陥った女性が、裸になって倒れていた。そして周りには武器を持ったゴロツキ共が、女性に乱暴をしようとニヤニヤしていた。
阻止しようと、俺は地面に落ちていた拳くらいの石を持って、屋根から奴の頭にぶつけた。
ガキッ!!
鋭い音と共に、血を噴き出しながら男は倒れた。続けて敵の存在に気づいた男めがけてドロップキックを食らわせた。
ギュッ!!
屋根から飛び降りたその重力とキックの力によって、潰れたような音を上げながら男は地面に倒れた。そして残った1人は、持っていた金属バットを荒らげたまま持ち上げ、ブンブンと振り回した。
「くそ、邪魔するなよォ!」
「うるさい」
振り下ろしたバットを避け、背後に回って首を思いっきり絞める。
「ぐぐぐ、離せ」
「離すものか」
やがて気を失ったタイミングで、やっと首から手を離した。これで奴らは完全に沈黙した。しかし女性は気絶しているのか、起きる気配はない。仕方ないから布を被せ、気絶した彼女を運んで、警察の建物の前に置いておいた。
これで彼らも動かざるを得ないだろう、気絶した女性を助けない訳がないだろうし。警察の建物には”モンタージュ”という文字が書かれていた。くり抜いて書かれていたから、その凹凸で何と書いてあるのか読めた。よし、明日の夜はここに行こう。
そしてハードが家に着く前に、急いで帰った。コスチュームを脱いで袋に詰めて、屋根の窪みのところに隠しておく。頭に巻いていた包帯を取って、走ってベッドに飛び込み、寝ているフリをする。すると、数分後に彼が帰宅してきた。
「どうか起きませんように」
彼は寝ている俺を気遣ってか、ゆっくりと扉を閉めた。しかし、彼は気づいていない。俺がさっき会った男であるということに。そりゃそうだ、盲目の男が、あんなに機敏に動くわけがない。そういう潜在意識が、正体の秘匿に繋がっている。
「アーク、ビアスはどうした?」
「起こしたのですが、まだ寝ていたので」
アイツはちょっと抜けているところがあるな、俺より年上のはずだが、朝に弱いのか爆睡して起きなかった。だから放っておいて、朝ご飯を食べに来たわけだが。
「あら、スパルタ教育したからかね」
「そうだ、きっと疲れているんだろう。何だってヌヤミに連れ回されていたからな」
彼が夜に出かけていたことは内緒にしておこう。夜中まで誰と会っていたのか、という話になってしまうからな。
「そうだ、アークさん。ビアスさんが起きたら伝えといて。『今日はモンタージュで、事件を調査しに行く』と」
「わかりました」
モンタージュは警察組織の名前、つまり2人は警察に調査しに行くってことだ。となると、今朝の事件のことか。
「私とアークで新聞を配るから、お父さんは早めに記事を刷っておいて」
「分かったよ、まずは朝ご飯を食べよう」
「お父さんたら、いつもご飯のことばっかり」
----------
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます