第24話 世界一大きな新聞屋

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「どうか、僕をここで雇ってください!」


 朝ご飯を食べにカールの家に向かうと、昨日の青年がカールに仕事を頼んでいた。


「どうか、この通りです!」


「分かったから、頭を上げなさい」


 彼は俺の忠告を守って、カールの家に来たのか。そうとは言ったものの、ここまでしなくてもいいのに。人通りの多い大通りなんだ、これではただでさえ目立つのにもっと目立ってしまう。


「分かったから、ほら、中に入れ」


「あ、ありがとうございます」


「雇うって決めたわけじゃねぇ、朝ご飯だ。お前も食うか?」


「は、はい!」


 家の中に入ると、青年のことを見たヌヤミが不審がっていた。これに至ってはそりゃそうだ、はっきり言って俺よりも不審者だぞ。というより、カールが誰でも家に入れすぎだ。今思えば、目が見えない浮浪者の俺を助けてくれたのも、優しすぎるかも。


 ロナはこの光景を見て、ちょっとだけ不思議そうにしている。俺は杖を部屋の隅に置き、椅子に座ってから彼女に尋ねた。


「おはよう、あの人はいつから居たの?」


「おはよ、えっと、今朝起きたらもういた。店の前を掃除しようと思ったら、彼が話しかけてきて。『町一番の新聞屋で働きたい』と言われちゃって、うちそこまで凄くないのに」


 そもそもカールは新聞屋であり、記者ではない。ウォークアバウトという新聞を作っているが、記者はまた別にいる。それは、ヌヤミ、カールの奥さんである。ヌヤミはどうやらあらゆる文字を読めるらしく、色々な言語を話せる。それで色々な情報を仕入れて、それをカールが新聞に載せている。


 そう言うと聞こえはいいし、実際に凄いのだが、ウォークアバウトはこの街でいちばん凄い新聞とかではない。言ってしまうと、内輪だけにしか読まれてないもの。それでもいい、むしろカールはそういう新聞を目指している。


 だから新聞に可愛いニュースを載せるんだろう。誰が見てるか分からないコーナーを載せて、それをロナは誇っている。その構図が、どこか羨ましく思えてきた。


「そういえば、包帯外したんだね」


「ああ、まあ、こっちの方がまだカッコイイかなと思って」


 ロナに言われたとおり、俺は頭に巻いていた包帯を外し、青色の入ったサングラスをかけている。日常的に包帯を巻いていると、怪我をしているみたいで嫌だった。それに青年からすれば、既視感を覚えるだろう。目を包帯で隠している人など少ないから。


 青年にバレないため、そして怪我人だと思われたくないため、そして少しだけかっこいいと思われたくて、俺はいつもサングラスをかけることにした。


「似合ってるよ、かっこいい」


 こう言ってもらえて、何よりだ。


「ヌヤミ、余ってる野菜を彼に」


「はいはい、八百屋無くなったから野菜が少ないって言うのに。これだからお人好しは」


 記者のヌヤミは疑い深い、職業柄というやつか。まあ、彼はとても怪しいから仕方ないか。それもあってか、彼女の俺を見る目が少し変わってきたように思える。彼が怪しすぎる分、俺がまともに見られてきたのだろう。


「まずは朝ご飯、話はそれからだ。それより、まだ聞いてなかったな。君の名前は何だ?」


「……ビアス・フォークナーです」


「そうか、君は今までどこで何をしていた?」


「東の都市・ハルメールで記者をしていました。しかし売れる記事を書けずに追い出されてしまって、そのままフラフラとここに辿り着きました。昨日、色々とあってある男に『町一番の新聞屋がある』とここを紹介されまして、それで今日ここに」


「なるほどな。アークも然り、カービージャンクにはどこかから追い出されてきた者たちが集まるんだな」


 その言葉を聞いて、ビアスはハッと目を見開いた。


「この人は、貴方たちの家族ではないんですか?」


 ビアスは俺のことを指さして、そう聞いていた。それを受けてか、ロナとヌヤミは口をギュッと閉じて俯く。反対にカールは隣の家に聞こえるんじゃないか、というくらいに大きな声で説明を始めた。


「そうだ、彼もまた君と同じように街を追い出された。そういう意味では境遇が同じだな」


「貴方が何でもかんでも助けるからでしょう」


「ヌヤミ、それはだな……」


「もういいわ。それで、ビアスくんは何言語話せるの?」


 ヌヤミは急に、仕事に関する質問を始めた。とても鋭い目をしているが、もうビアスのことを不審がっていないのか、目を見てしっかりと話している。心拍数も安定しているようだ。反対にビアスは、というよりハードは嘘をついているから、心拍数は安定していない。


「4言語、読み書きとなれば6言語です」


「gera. Souji ra paito skcro riya?」


「arupera. Komura ie so keraka ya?」


「osolosolo, Kahiara meramemera Petta」


「koioio, Koyoyo mosuraba yie tta」


 突然、2人は知らない言語で会話を始めた。カールもロナもこの言語を知らないのか、首を傾げている。ビアスは本当に記者だからか、会話に着いていけている様子。


「今のはガリナ語とヒルミヤ語、もしかしてネイティブスピーカー?」


 どうやら途中で言語が切り替わっていたらしい、それすら気づけなかった。


「いいえ、記者になるために勉強しました。昔はもっと遠くの地で働こうと考えていたので」


「大したものね、気に入ったわ。アークさん、彼を住まわせるスペースは残ってる?」


「は、はい!」


 急に聞かれたので、焦りながらも答える。ヌヤミはビアスの発音を聞いてから、ガラッと態度を変えた。暮らすスペースを聞いてきたということは、もしかしなくても彼を雇うつもりだな?


「カール、彼に仕事を与えてちょうだい。こんな優秀な記者を、他の新聞屋には渡したくないわ」


「そう言っても、ウォークアバウトは市民に寄り添う小さな新聞であって、彼を雇うとかそういうのは……」


「プロポーズの時に『世界一大きな新聞屋にする』と宣言したのは誰でしたっけね。それはともかく、ビアスくんは食べ終わったら私のところに来て。一緒に面白い記事を書きましょう」


 こうして、ビアスは正式に記者として雇われることとなった。こうなるとますます、俺のやることがなくなる。


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