第2章『新たな仲間たち』

第22話 カバンを抱えた青年

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「やめてください!」


 その夜、俺は男の悲鳴を聞いた。すぐに包帯を頭に巻き、コスチュームを着て夜の街に飛び出す。ここから500メートルくらいか、悲鳴が聞こえなくなったということは気絶させられたのか、もしくは脅されているかのどちらか。


 寝静まった夜だからか、街に灯りがない。それでいい、その方が俺は動きやすい。その分、強盗団も動き回るがな。


「持ってるモノ、全部寄越せ」


「いやです……」


 現場である路地裏の奥に着くと、そこには覆面を被った3人の男が、大事そうにカバンを抱える青年の首にナイフを当てている。青年が鞄を渡さずに拒むからか、奴らは怒りをあらわにしている。


「早く寄越せ!」


「いやです!」


「なら、この場で殺してやる!」


 1人の男がナイフを振り下ろそうとした瞬間、俺は奴の手めがけて石を放り投げる。


 バチン!


「痛ッてーな!」


 見事、手に命中。男はナイフを落とし、手を押さえ下を向いたまま痛みを堪えている。そのまま、奴が下を向いている隙に俺は屋根から飛び降り、男の背中にドロップキックを食らわせる。


「なんだ、お前は!」


 残った男のうち、左の奴が落ちたナイフを拾い上げ、突き刺そうと突進してくる。だが実力は伴っていないのか、とても手が震えている。俺はソイツからナイフを奪い取り、そのまま手首を変な方向に折り曲げる。


 グギッ!!


 そして残った最後の1人の拳を、バク宙して避けながら背後に回り、その勢いのまま拳で後頭部をぶん殴った。


 バシッ!


 ものの1分もかからずに、3人の男を仕留めることができた。コイツらも強盗団の一味か、もしくはただのゴロツキか、よく分からないがとりあえず青年の命は救った。


「大丈夫か?」


 俺は路地裏の隅で怯えていた青年の手を取り、起き上がらせる。


「ええ、助かりました」


 それにしても青年はずっとカバンを大事そうに抱えている。色は分からないが、両手で抱えられるくらいの大きさで、恐らく革で作られた立派なカバンだ。中には紙がたくさん入っているのか、カサカサと紙のこすれる音がする。


「この辺は治安が悪い、早く家に戻るといい」


「僕は旅人なので、家はありません」


「そうか、なら宿に戻るんだ」


「……宿も追い出されたので、金がなくて」


 その時、カバンの中からカチャッ……と金属音が聞こえた。これは間違いない、鉄砲に使われている金属が何かにぶつかった音だ。つまり彼は、カバンの中に鉄砲を隠している。


「カバンの中には何が入っている?」


「ちょっとのお金と、紙と筆が入ってます。旅人なので、各地で見た情景を描いて売ってます」


「……それなら、鉄砲は必要ないだろう」


 鉄砲という単語を聞いた瞬間、彼は目の色を変えた。途端に鋭い目つきに変わり、俺のことを不審がっているのか、少しずつ俺から距離を取り始めた。


「鉄砲を持っていると、何故分かったんですか?」


「もっと言うと、お前は絵描きの旅人なんかじゃない、そうだろ?」


 少し深呼吸をしてから耳を澄ますと、彼の持つカバンの中身が分かるようになった。まず間違いなく鉄砲は入っている。筆も紙も入っているが、絵が描かれたような形跡はない。そして何より、彼は旅人なんかじゃない。その証拠に、彼の心拍数は少しずつ上がっている。


 目の前の人間が嘘をついているか本当のことを言っているかは、心臓の鼓動で見分けられる。嘘をつけば、脳が偽ろうと緊張してしまい、それに伴って心臓も緊張し心拍数が早くなる。


「……お見事、正解です。僕は旅人なんかじゃありません。隣国から来たという意味では間違ってはいませんが」


「この国に何しに来た?」


「……僕を襲った強盗を1分もかからずに撃退するとは。貴方なら、世界を救ってくれるかもしれません。どうか、僕の国を助けてください」


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 あの後、人目のつかない場所に移動した。そこではいつ強盗が起き上がるか分からないし、何より市民がいる。だから、カービージャンクの南に向かった。


 カービージャンクはマーベラスの南部の街として栄えていた。しかし、治安は最悪だ。南の方には空き家が大量にあり、スラム街となっている。ゴロツキたちがたむろしている街だが、夜になればゴロツキたちはどこかに行く。恐らくこうやって罪のない人々を襲っては金を奪い取っているんだろう。だから、こういう時間帯には奴らはいない。


 とりあえず、彼の話を聞こう。そのためにわざわざ、こんな人気のない場所まで来たんだから。


「それで、お前は何者だ?」


「僕はナラティブ出身の記者です。ご存知の通り、ナラティブは治安部隊を有していましたが、先日この国・マックスフューのデビルズオール社に買収されたそうで。治安部隊が民間企業の運営になることについて、貴方はどう考えますか?」


 今朝、ロナに読んでもらった新聞にそういう内容が載っていたな。治安部隊は隣の国・ナラティブで積極的に活動していた警察組織だ。名前の通り、治安を良くするための活動を行っている。


 警察組織が民間企業の運営になる、これはあまり良くないことだろう。しかし、デビルズオール社は巨大な企業だ。どこかでその名前を聞いたことがある、確か新聞とか不動産とか、はたまた兵器にも手を出している企業で、最近は化粧品を売り出していた。


 ハイディアンは都市の中心部で、お金持ちがたくさん暮らす街だからそういうニュースを耳にしていた。カービージャンクみたいな、森に囲まれたスラムのある怖い街とは大違いだ、カービージャンクの良さもあるにはあるが。


「それで、何が言いたい?」


「今は貴方の考えを聞いている時間です」


「……警察組織が民間企業の運営になると、以前よりも甘くなる。それにこの国は、正しいとは言えない。中立組織は、何かに囚われてはダメだと思う」


「その通り、治安部隊はナラティブの手を離れ、マックスフューのものとなりました。何を意味しているか、治安部隊はもはや治安を守る部隊ではありません。マックスフューの、いや、”奴ら”の戦闘員に成り果てたのです」


 そう言って、彼は1枚の紙を取り出した。


「僕は、デビルズオール社の不正を追求するために、マックスフューまで来ました。どうか貴方の力を貸してください。お願いします」


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