第20話 軍隊

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 はあ、はあ、はあ、はあ


 命からがら、何とか逃げてきた。クロガはもう、俺の知ってるクロガじゃなかった。アイツはこの街にモンスターを討伐しに来たんじゃない、悪い別の目的があってここに来た。ブツを調達とか言ってたな、それにアイツと話していた女性も、何かがおかしい。


 アイツはもう、ヒーローでも優秀な討伐者でもない。俺の知らないところで、アイツは悪人に堕ちたんだ。くそ、信じたくはなかったけど、どうやら本当らしい。何ならウォーリアーズ全体が、とっくのとうに腐りきっていた。


 まあいい、今は逃げることだけに集中しよう。とりあえず奴らから距離はとった。周囲には誰もいない、そう俺の聴力が言っている。誰の足音も聞こえないし、誰かの匂いとかも感じられない。


 カチャカチャ


 少し行ったところに倉庫があった。何でこんなに森の中に倉庫があるんだ。ここはモンスターの生息地、だから住居や倉庫なんてあってはならないはず。モンスター討伐者のための拠点として小屋があるのは理解できるが、こんな大きな倉庫は必要ないだろ。


 いや、あの強盗団たちの裏に得体の知れない大きい組織が付いている可能性がある。現に、ウォーリアーズは既に闇に堕ちていたのだから。そうなると俺が思っているよりも、壮絶で惨烈な戦いになるかもしれない。混沌と叫喚に溢れた戦場になるのかも。


 手を引くのなら今のうちか、このまま都市から離れれば、何事もなく生きることができるだろう。でもそれは、俺のプライドと目が許してくれない。失った目を取り戻すことも、同期と共に戦うことも、どちらももう二度とできないだろう。それなら戦闘員と討伐者の名にかけて、奴らを討伐する。


 悪に堕ちたクロガを、強盗団を、全てを壊滅させる。そのためなら、俺は何だってする。それが、戦闘員であり討伐者であり、ウォーリアーズの副リーダーであった俺の使命だ。


 自分を偽るなんてことはしない、この能力で奴らからすべてを奪ってやる。


 しかし、今は逃げることに専念しよう。こう決意したとは言っても、今は資材や武器が足りない。あの量を一気に倒すのは無茶だ、戦いには冷静さが必要だと俺が一番分かっているからな。あの時の失敗を繰り返したくはない。


「ミイラ男が逃亡中とのことだ。こっちでも探してみよう」


 倉庫には人がいるうえ、奴らの仲間なのか俺のことを探している。もしかしたら、倉庫は奴らの仲間が作ったのかもな。その証拠に、この建物だけ新築だ。最近まで工事が行われていたのか、建築資材が壁に沿って置かれている。


 ちょうど道が2つに分かれており、左に行けばその倉庫に、右に行けば平原に辿り着く。能力があるから遭難する可能性は低いが、森は危険だ、道に沿って歩いた方がいいと野生の勘が言っている。見晴らしのいい平原に出るのは危険だが、こっちの方が近い。


 グシャグシャグシャ


 平原に出てみると、雨が降っていたのか地面が湿っている。泥と土の中間となった地面はとても歩きにくい。これも自然の摂理か、仕方ない。そんな時、突如どこかからゴブリンの咆哮が聞こえた。


 グオオオオ!!!!


 ガオオオオ!!!!


 なんだ、モンスターが現れたのか。しかもこんな夜に、ゴブリンは夜になったら眠るはずだろ。となると、昼夜が逆転している希少ゴブリンか。いや、前に襲ってきたゴブリンも夜に起きていたな。そんなことはどうでもいい、ここに俺がいるのが奴らに気づかれてしまう。


 いや、違う。ゴブリン同士で咆哮を上げあっているだけだ。そうだとしても昼夜逆転ゴブリンが複数体もいるなんて、やっぱり森の最深部だから貴重なモンスターもたくさんいるんだろうな。


 声の方角からして、ゴブリンらがいるのは北だ。俺は南に行きたいから、上手く行けば避けられるはず。しかし咆哮は聞こえても、正確な位置までは特定できない。


「お前は何をしているんだい?」


 突然、背後から女性の声が聞こえた。全く気づかなかった、いつの間に後ろを取られていたのか。振り向くと、そこには小さな子供がいた。姿は見えないものの、エコロケーションでおおよその身長は分かる。


「何でこんなところに子供が?」


「私が質問しているんだ、答えよ」


 彼女は厳しい口調で、俺を質問を投げかける。なんなんだ、この子は。足音は一切聞こえなかったし、気配も匂いも何も感じなかった。今でこそ存在を把握できているが、もしも彼女が敵で奇襲されていたら気づかずに死んでいたかも。


「ある男を追っていた。君は?」


「口の利き方に気をつけろ。ミイラ男」


 ミイラ男、この単語を聞いた瞬間に気がついた。目の前にいる少女は、さっきクロガと話していた女性だ。今、俺の目の前には強盗団のリーダーと見られる女性が立っているのだ。くそ、敵に背後を取られていたというのか。


「さて、お前は何をしに来た?」


 奴は1歩だけ前に出て、また俺に問いかける。


「お前なんかに言うか」


「そうか、お前は敬語というものを知らないようだな。しかし、お前とは気が合いそうだ。無礼だが許すことにしよう」


 奴は取り乱すことなく、冷静さを保ったまま話を続ける。


「お前が何をしたいのかさっぱり分からない。私たちは世界の幸福のために戦っている。それなのに、お前は何の計画かも分からずに阻止しようとしてくる。何なんだ」


「世界の幸福? 子供を誘拐することが、幸福に繋がる訳がないだろ」


「そうか、お前はまだ未熟だったな。お前に計画を話したところで無駄だ。ここはひとつ、”ゴブリンの軍隊”に任せてみるとしよう」


「……ゴブリンの軍隊?」


「2歩下がれ、お前の後ろにいるぞ」


 言われるがままに2歩下がってみると、プニッと感触がした。すぐに振り返って触ると、そこにはゴブリンがいた。しかも、大量に。どうなっている、このゴブリンからは匂いも音も聞こえない、だからかコイツらが背後にいるなんて気づかなかった。まさか、気配を消せるのか?


 ただ、草の踏まれ具合と足跡でどこにどれくらいいるのかは分かってきた。目の前に10体、それも整列していて動かない。これが奴の言う、ゴブリンの軍隊か。まさか、モンスターを手懐けたのか?


「全てを答えるのはナンセンスだ、相手はゴブリンの軍隊に任せることにしよう」


 そうして、奴の姿は消えていった。というより、何も感じられなくなった。くそ、目が見えない代わりに特殊能力を手に入れたと思っていたが、ここまで不便だったとは。これは訓練する必要がありそうだな。


 グオオオオ!!!!

 ガアアアア!!!!


 ゴブリンらは一斉に、隊列を崩して襲ってきた。猛攻するゴブリンの位置は特定できる、何故なら声を発しているし足音も聞こえるから。前から襲ってきたゴブリンの頭を素手で受け止め、地面に叩きつける。


 ゴリッ!!


 ちょうど地面に埋もれていた石に叩きつけたせいか、一発で仕留めることができた。続けて足でゴブリンの頭を蹴り上げ、ドミノのように他の奴らを巻き込みながら倒していく。


 ズシャッ!!


 極めつけにゴブリンの首を絞め、そのまま落とす。10体なんてあっという間に倒せる、なんてったって戦場でもっと多くの人と戦ったことがあるからな。討伐者であり、戦闘員であり、能力者でもある。不思議な体になってしまったものだ。


 はあ、はあ、はあ、はあ


 しかし、このゴブリンらは奇妙だ。昼夜逆転した希少性の高いモンスターであるうえ、軍隊として隊列を守っていた。それに、あの少女が声をかけるまでは動かなかったからどこにいるのか分からなかった。そうなると、あのゴブリンらは少女に洗脳されていたのか?


 モンスターを洗脳する技術なんてない、手懐けるなんてもってのほかだ。しかし、奴はゴブリンを軍隊にしていた。前に襲ってきたゴブリンも、タイミング良く、そして迷わず俺に向かって走ってきたな。あの少女には、モンスターを洗脳する力があるのか?


 そうでないとおかしいくらい、あまりにも都合が良すぎる。もしそうなら、世界が大変なことになる。


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