第18話 ゴブリンの咆哮
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「それで、アークはどこ出身?」
「北の方、ソルト村で育った」
ちょうど昼くらいに、俺はロナと過ごしていた。ロナは俺と同い歳だから、街を案内したいと言ってくれた。しかし俺は疲れていたから、こうして公園のベンチでゆっくりとしている。ここは俺たちが今いる地域・カービージャンクの上の方。少し行けば、巨大な森がある。
「ソルト村、聞いたことないな〜」
「まあ小さい村だし」
ソルト村なんて存在しないし、俺はマーベラス出身だ。正確に言えばマーベラスの北部にあるエイジライアン出身だ。カービージャンクは南部だし、とても離れている。というか、そもそも俺は出身地を偽る必要がある。
「それで、頼みって?」
公園に来た理由は疲れていたからだけじゃない、もう1つ理由がある。それは、新聞屋の娘だからこそ頼めること。
「新聞を読んでほしい。最近何が起きたか知りたいんだ」
どんなに空間把握能力が優れていても、紙に書かれた文字を読み取ることはできない。だから、彼女に代わりに読んでもらいたいと考えた。
「そっか、文字読めないもんね。だから新聞持ってるんだ。というか、今まではどうしてたの?」
「……前は、そこの大家が読んでくれた。金が払えず結局は追い出されたけども」
「不便だね、モンスターにやられた傷なんでしょ。襲われたのはいつ、子供の時?」
「いや、最近。ここ1年くらいか」
「なるほどね、じゃあそのモンスターはきっとウォーリアーズが倒してくれたのかな」
その言葉を聞いて、俺は拳をギュッと強く握り締めた。ウォーリアーズ、アイツらはモンスターを倒す討伐パーティーなんかじゃない。本当は、強盗団と闇取引するような悪に染まったチームだ。それに、俺の目を潰したのも……アイツらが雇ったゴロツキだ。
怒りを我慢する様子が伝わったのか、彼女は申し訳なさそうに新聞を読み始めた。
「まずは一面から。XX日、アルディアーク地区の倉庫で強盗団の遺体が発見された。何者かに撃たれたような損傷が確認できたため、強盗団同士の縄張り争いと見られる。またXX日にもドラゴニック地区の倉庫と近くの森小屋で強盗団の遺体が発見された。治安の悪化のため、都市は治安部隊の出動を要請している」
強盗団の遺体、これらは間違いなく俺の仕業だろう。アルディアーク地区は最初の事件で、ドラゴニック地区が昨日の事件だ。強盗団同士の縄張り争いに見られているのは幸いなことと捉えていいのか、俺の介入は誰にも気づかれていないはず。当たり前だ、俺は昔戦闘員だったからな。
「続いては、本日のモンスター出現予報です。今日から明日にかけてゴブリンが南下してくる可能性が高いため、トリロジー区の皆さまは避難準備を進めてください。念の為に越したことはありません」
モンスターの出現予報、トリロジー区といったらちょうど今いるところじゃないか。とはいえ、これは予報だ。それにモンスターはあまり見られない、森の奥深くまで入らない限りはな。
「続いては、本日の癒し情報です。トリロジー区にお住まいのキュートなダイゴロウくん。この子は1週間前に生まれたばかりの子猫ちゃんです」
この情報はいらない、他人の子猫の名前など興味ない。
「あっ、このコーナー必要ないぞって顔してる!」
ロナは俺の顔を見て、頬を膨らませながらそう言った。だってそうだろ、癒しのニュースがあったとしても平和じゃないんだから。
「文句言わないでくださいよ、これはお父さんが書いたコーナーですから」
これを、カールが書いたのか。ガタイのいいお父さんという感じのカールが、何というかギャップを感じるな。新聞屋で情報通と聞いていたが、こういう可愛いコーナーを書いている人なんだな。さっき話した時はちょっとだけ怖かったが、それを聞いてちょっとだけ安心した。
「私のお父さんもいつかは、一面のニュースを書けるようになりたい、って言ってる。ちょっぴり変なコーナーでお父さんの仕事がカッコイイって思えない時期もあったけど、このコーナーに救われている人もいるって聞いてから、カッコイイって思えるようになった」
いい話だった、俺はカールの思いが詰まった癒しのニュースを悪く言ってしまった。すまない、と俺は心の中で謝っておく。
「じゃあ読み終えたことだし帰りますか、ゴブリンの南下予報も出ていることだし」
そう言うと彼女は立ち上がり、俺の手を取った。ここでは俺は、目の見えない弱者だ。彼女と腕を組み、杖でトントンと地面を歩くことでしか、前に進むことはできない。ここでは、そういうフリをしておこう。もちろん実際には歩けるが、目は見えない。
と、その時。強烈な匂いと共に叫び声が聞こえた。
「グオオオオ!!!!」
まさかこの声は、ゴブリンか!?
「逃げろ、逃げろ!」
ゴブリンの咆哮と共に、数多くの人々が南に向かって走っていく。これは、ゴブリンが森から現れたということだ。しかも、匂いが強い。これは数多くのゴブリンがいるということだ。
「早く逃げないと!」
彼女は俺の手を引っ張って、南へと走り続ける。前までの俺なら、片手に剣を持ちゴブリンへと歩み寄っていただろう。しかし今の俺は違う、今は片手に杖を持ち、ゴブリンから遠ざかっていく。むやみな戦闘はやめろ、ロナを巻き込むことはできない。それにここで戦えば、俺が能力を持っていることがバレてしまう。
それなら、先にロナを逃がすか。いや、彼女が俺を置いて逃げるはずがない。よりによってあの親だ、俺を見捨てることなく家に運んできたあのカールの娘となれば、俺を見捨てることはしないだろう。
「グアアアアオオオオオ!!」
やがて1体のゴブリンが姿を現した。咆哮を上げながら、ゆっくりと逃げ惑う市民の方へ近づいていく。くそ、どうにかして助けに行かないと。そう焦っていた時、ある男が空から舞い降りた。
「汚い命、俺に刈り取らせろ!」
バシッ!!
鎧を着た男は屋根から飛び降りて、下にいたゴブリンを踏んづける。そしてすぐさま、別のゴブリンに対して剣を投げた。それだけじゃない、次々と現れたゴブリンらを、次々になぎ倒して行く。やがて全てのゴブリンが討伐されたあと、ある市民が声を上げた。
「もしかして、ウォーリアーズか!」
鎧を着た男は兜を脱ぎ捨て、ニッコリと笑った。
「そうだ。俺はクロガ、ウォーリアーズのリーダーにして、討伐者だ」
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