第17話 誘拐犯

----------


 成り行きで、新たな家に暮らすことになった。それは魚屋が元々暮らしていた場所。先日、強盗団の襲撃に遭ったらしく、治安が悪いため引っ越すことになったそうだ。魚屋の持ち家なため、家賃はタダ。誰かしら住んでおいた方がいいとなったため、俺が住むことになった。


「これが鍵だ、魚屋といっても実際の店は別のとこにある。だから魚の生臭さはそう感じないはずだ」


 カールは俺に鍵を託した。1階建ての新居の扉の前で、彼は小声で話し出す。


「治安の悪い場所に追いやったように見えるだろうが、これもヌヤミのためだ。それに、ここにはもう強盗団は来ない」


 インクの匂いが染み付いたエプロンを着ている彼は、もっと顔を近づけて小声で話してくる。深刻な話だからか、心拍数がどんどん上がっていく。


「魚屋の主人にはルミカという娘がいてな、ロナがさっき名前を出していたろ。訓練学校に合格してワクワク暮らしていたのに。ルミカは、強盗団に誘拐された」


 強盗団に誘拐、主人の娘もまた誘拐されていたのか。訓練学校に合格ということは、彼女はまだ12歳くらい。もしかして、ダリアの件に関わりがあるんじゃないか。


「これはまだ機密事項だ、ロナにも誰にも言うなよ。新聞屋は情報通だ、訓練兵の戯言だといいが、どうやら真実らしい。魚屋の主人は強盗団に脅されて、引っ越しを余儀なくされた」


 不思議だな、子供が誘拐されたのなら騒いで都市を巻き込めばいいはず。最悪、遠く離れた都市で運営されている”治安部隊”に協力を呼びかければ一発だ。治安部隊とは隣の国で活発的に活動している警察組織、子供の誘拐とか大好物だろ。


「この家に暮らしても、強盗団は来ない。このリスクさえ理解してくれればそれでいい。しかし、この件は誰にも言うなよ。分かったら頷け」


 彼の言う通りに、俺は3回頷いた。彼もそれを見て頷き、ちょっと離れた後、陽気な声で話し始めた。


「新天地でのハッピーライフを楽しめよ!」


 そして彼は家に戻った。彼らの家からここまでは数百メートルも離れていない。大通りを渡って、小さな通りをまっすぐ行けばすぐ着く。現に、ご飯は彼の家で食べていいらしい。新天地で一から生活するのは苦痛だろうから、という彼なりの配慮だ。


 扉を開けて中に入ると、モワッと魚の生臭い匂いが部屋に立ちこめてきた。なるほどな、これが彼の言ってた匂いか。魚をここで捌いたというよりかは、魚を日常的に捌く人がここで生活していた、という感じだ。


 俺は扉を閉めて、杖を端っこに置く。目が見えないふり、いや目は実際に見えないのだが、ちゃんと見えないわけではない、ひとまず、ここでは自由に歩いておこう。彼から貰った箱を開けると、中には大量の服とちょっとだけ米が入っていた。


 箱に入っている服、これはカールから貰ったものだ。新生活に必要だろうと気遣ってくれたのだ。ありがたい、服も何も無かったから助かる。米はまあ、腹が減ったらつまむ程度に食べよう。


 幸いにも、家具はそのまま。魚屋の主人は強盗団に脅されて引っ越しを余儀なくされたと言っていたな。急な引っ越しだったから、貴重品以外の荷物を全て置いていったんだろう。金目のものはないが、ベッドとか棚は置きっぱなし。


 何なら、食器とかスプーンは机に置かれたままだ。これからディナーという時に襲われたのか、それなら他の家も気づくだろう。この家には不可解な点が多すぎる。まあ、だから俺みたいな奴でも暮らせるんだろうな。


 フンフンフン


 食器の匂いを嗅ぐと、魚屋の普段の食事の様子が伺える。職業は魚屋だが、家ではよく肉を食べていたようだな。それもいいとこの肉だ、ということは訓練学校に合格したお祝いに食べたのか。


 ガタガタガタガタ


 廊下の突き当たりには便所があった。そして、男くさい匂いも立ち込めていた。これは、比較的新しい匂いだ。恐らく、強盗団がここに立ち寄ったんだろう。床もザラザラとしている、倉庫にいるような奴らがそのままの靴でここまで来たか。


 ある部屋に入ると、とてもいい匂いがした。ここがルミカと母親の部屋なんだろう、勉強机や本がたくさん置いてある。しかし勉強はリビングでしていたようだ。他人の家族の様子を覗き見しているようで、何だかとても変態的だが今は仕方ない。


 向かいには父親の部屋と物置があった。物置には魚を捌くための道具がたくさん入っていた。釣り竿だったり、エサもある。ここはマーベラスの中でも内陸の方だから魚を釣る機会は少ないが、ちょっと行けば海に出る。ホコリが被っているから、最近は釣りをしてなかったんだろうな。代わりに使ってみたいところだが、あいにくこの目じゃ難しそう。


 父親の部屋は特に問題ない、ここをメインに使ってみよう。俺は天井に紐をくっつけ、タオルを詰めた袋にくくりつけた。これでサンドバッグの完成だ。


 カーテンを全て閉めて、外からの情報を遮断する。とは言っても、耳がいいせいで外の声は常に聞こえてくる。でも、目の前のことに集中すれば、聞かなくて済むこともある。特に、今ならな。俺はサンドバッグに拳を振るい続ける。


 バシッバシッバシッ!


 今なら拳を振るう音しか聞こえない、これなら運動しながら集中できる。


 ボコッボコッ!


 ウォーリアーズは闇取引をしていた。マルゲリタと名乗る強盗団やカルメンという闇取引商人との取引の記録が、帳簿に全て書かれていた。いや、待てよ。何故彼らは帳簿に全ての記録を書いたんだ。闇取引だ、帳簿に書かなくたっていいはず。その方が隠蔽しやすいだろ。


 何を取引していたかは書いてなかった。いつ、どこと、どれくらいの金額で取引したかしか書いてなかったはず。確か、都市とも取引していたな。ハルメールだったか、何で討伐パーティーが都市なんかと取引するんだ。


 バンバンバン!


 マルゲリタは最近捕らえられた。だからマルゲリタに接触することもできない。そうだ、ルミカが誘拐されたのもマルゲリタと関わっているんじゃないか。強盗団同士の結託は強く、同時に裏切るリスクも高いと聞いた。マルゲリタが捕らえられたのも、何かの裏切りによるものだとしたら?


 ルミカの誘拐と、少年少女の誘拐も何か繋がっているはず。ダリア、奴は死ぬ前にある男の名前を言っていた。ラーズ・フェイスだったか。その男が、子供誘拐事件の黒幕だとしたら、どうする?


 べキッ!


 勢い余って、サンドバッグを吹っ飛ばしてしまった。そうだ、仮で天井から垂らしただけだ。思いっきり殴れば、紐がちぎれて吹き飛んでしまう。俺は中に詰まっていたタオルを拾い上げ、額に溜まった汗を拭いた。


----------

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る