第16話 自殺行為

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 とんでもないものを見た、いや、感じ取ってしまった。確かに奴は自らの手で死を選んだ、この事実が俺にはとても複雑で気持ち悪かった。奴は助かることもできたのに、何故か自殺した。


 目には見えなかったが、空気で感じ取れた。あの血が無限に噴き出す感覚を。奴は最後、笑顔のまま死んでいった。それに、奴は最後に「禁忌を犯した、生きてはいけない」とか言っていた。どういうことだ、俺にはとても理解できない。


 それはそうとしても、もう日が昇り始めている。のどかな匂いだ、血の肉々しい臭さとはまるで違う。急いで家に帰らないと、カールやロナに不審がられてしまう。今の家を追い出されてしまっては色々と困る。


 タッタッタッタッ


 俺は屋根の上を伝いながら、家に向かって走り続ける。上を見る者なんていない、何故ならこの街は全体的に暗いから。太陽が昇らないとか、そういう暗さじゃない。ジメジメとしていて、みんな下を向いている。治安が悪いってこのことなんだろうな。


 マーベラスは治安の良い都市として知られている、でもそれは北部や中心部に限った話。ウォーリアーズ時代は中心部にいたから知らなかったが、ここ南部はとても治安が悪いようだ。いや、マーベラスの所業だし知ってたも同然か。問題があれば話し合わずに蓋をする、これがマーベラスのやり方だ。


 だからこうやって、ゴロツキが暴れ回る都市となった。ウォーリアーズだって、強盗団と取引していたしな。治安の良さを売っている割には、最悪でジメジメとした街だ。


 ガサゴソガタガタ


 俺はコスチュームを脱ぎ捨て、袋の中に詰めた。これは朝には使わない。使うのは、酷い夜の日だけ。返り血は池の水で洗ったし、臭いも取れるだけ取った。風呂とまではいかないが、体も洗った。強化された嗅覚でも何も感じないということは、血の臭いはある程度落とせたはず。感覚が麻痺してる可能性もあるけどな。


 カチャカチャ


 コスチュームの入った袋を屋根の上に結んで置いた後、窓から物置に侵入した。ドアに耳を当てると、まだ誰の足音も聞こえない。ということは、誰も起きてないというわけだ。新聞屋の朝は早いと思っていたが、流石に日が昇ってすぐはまだ起きていないか。


 拳に入れていたタオルを出し、白い布を敷き詰めてから簡易的なベッドを作る。少しくらいは体を休めておこう。怪我はなかったものの、とても疲弊しているんだ。今は何も考えずに眠ろう、いや、何なら何も考えたくない、そう上手くいくといいが、くそ、最悪な気分だ。


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♢ A FEW YEARS AGO(数年前)


「いいかブレイク、俺たちは天下を取るんだ。この落ちぶれた討伐者パーティーを救って、マーベラスも救う」


 モンスターを倒す討伐者の全盛期はおよそ100年前。昔はモンスターがよく現れていたから、討伐者という文化が栄えていた。今は違う、今はモンスターも人間を恐れてか森の中に隠れるようになった。だから他の国や都市からは討伐者という文化が消えた。


 しかし、この都市・マーベラスは都市の中心に巨大な森があるため、そこにモンスターが数多く生息している。そしてここ最近の地震によって、森の中に潜むモンスターがこぞって外に出てくるようになった。だから都市は討伐パーティーを求め、支援を始めた。


「今日から俺がこのチームのリーダーで、お前が副リーダーだ。その方が都合がいい。とは言っても、戦闘面はお前に任せる、副リーダーだがお前の方が強いからな」


 しかし集まったのは、とても質の悪いゴロツキ共だった。仕方ない、誰もモンスターとは戦いたくない。全盛期の時代ならまだしも、今はモンスターと戦う方法も限られている。そこで、俺と親友のクロガがこのパーティーに加入したわけだ。


 俺とクロガは同じ訓練学校で知り合った。俺たちは戦闘員として育てられ、首席まではいかなかったものの、それなりに優秀な成績を収めた。戦闘員といっても、モンスターと戦う職業じゃない。人と戦うための、戦争に勝つための訓練。まあ最近は戦争もないし、都市間の抗争もないから職を失っていた。そこで都市から紹介されたのが、落ちぶれた討伐パーティーの復興。


「どこの誰かも知らねえ奴に従うと思ってんのか?」


「従いたくないのなら従わなくてもいい。しかし、このままではまた職を失うぞ。あの家なき時代に戻りたいのか?」


 俺とクロガは、”ソクザ”という討伐パーティーを復活させることになった。デリーシャ、これは討伐者が最盛期だった頃にいちばん活躍していた討伐パーティー。彼らは、その名前を勝手に借りて活動していたのだ。それは、許せない。


 それに坊主のパニッシュは、クロガに対して舐めた態度を取っている。まあ、これは仕方ないだろう。今まで3人でパーティーを組んでいたのに、都市が介入したかと思えば急に2人加入し、その2人がリーダーとサブリーダーになった。いわば、組織の乗っ取りだ。


「俺とブレイクは元戦闘員だ、実際に内地でも戦った。モンスターと戦ったこともある、そしてモンスターに家族を奪われた身でもある」


「……俺たちもだ」


「そうだろう。ならこの討伐パーティーを復活させるぞ。ソクザとかいう先祖のパクリはもうやめろ、俺たちは今から……ウォーリアーズだ」


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♢ PRESENT DAY(現在)


「起きたか、アーク。朝ご飯にしよう」


 1階へ降りると、インクの匂いと共に肉を焼いたようなお腹の空く匂いが舞い上がってきた。今起きたというよりかは、みんなの足音が聞こえたから来ただけで、ずっと起きていた。というか、寝れなかった。そりゃそうだ、昨日目の前で自殺した人がいたんだから。


 俺は昔、戦闘員をやっていた。何人もの人をこの手で殺した。やがて戦争が終わり、俺はウォーリアーズのリーダー、クロガと共に討伐パーティーに入った。ほぼ乗っ取りに近かったが、彼らは俺たちを受け入れてくれた。それが今のウォーリアーズだ。


 モンスターはともかく、戦闘で様々な人間と戦ってきたが、自殺行為をする奴は初めて見た。いや、見れなかったが肌で感じとれた。グロテスクで気分が悪いんじゃない、人が死ぬのには慣れているから。今だって、肉を頬張れるし。


「そうだ、良いニュースと悪いニュースがある。悪いニュースは、先日襲われた魚屋さんが引っ越すようだ」


「えっ……ルミカも?」


「そうだ、それで良いニュースは……その家は空き家になる。だから、アークはそこで暮らしたらいい。家具もそのままだ、段差が多いこと以外は普通の家だ」


 こうして俺は成り行きで、新たな家を手に入れてしまった。先日襲撃にあった魚屋、どうも不穏だな。


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