第15話 俺は元討伐者だ

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「かかったな!」


 グオオオオオオオ!!


 奴の声と同時に突如現れたゴブリンらは、俺のことを囲んできた。そう、子供や奴のことは襲わずに一直線に俺めがけて突撃したのである。


 おかしい、モンスターは卑劣な存在だから、大人よりも子供を狙って攻撃してくる。だから普段なら、あの少年少女を狙って行くはずだ。なのに、真っ先に俺に向かってきた。


 もしくは、俺が盲目なことを見透かしているのか。確かに、盲目なのはハンデだ。子供よりも弱いと見なされても仕方ないだろう。実際に、何も見えないのだから。


「痛え、痛えよ」


 奴は血だらけの手を押さえながら、子供たちを置いて必死に逃げようとしている。なるほどな、奴は俺のことを何も知らない。このままゴブリンに喰われて死ぬと思っているのだろう。しかし、俺は普通の悪党殴りじゃない。




 俺は、元討伐者だ。




 グシャグシャ!!


 バタッ!!


 ゴハッ!!


「そんな、ゴブリンをたった独りで……それも素手で倒すとは」


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「……ここは?」


「目が覚めたか。さっきの倉庫からそう離れてない、森小屋の中だ」


 奴はあの後、気絶した。だから俺がこうやって拘束して、森小屋の中に閉じ込めておいた。ここには誰かの暮らしている痕跡が確認できなかった。だからこうやって尋問部屋に使ってしまっても、文句を言う人は誰もいないだろう。強いて言うなら、目の前の奴くらいか。


「アイツらはどうした?」


「子供のことか? それなら遠くに逃がした」


「……クソ、邪魔しやがって」


 少年と少女に怪我はなかった。だからそのまま逃がしておいた。倒したゴブリン以外にモンスターは居ないみたいだったし、コイツらの味方も近くにはいなかった。


「ここのボスはお前か?」


「……まあ、そうだ」


「お前の名前は何だ?」


「……ダリアだ」


「ならお前の雇い主は誰だ?」


 そう聞くと、ダリアは無言を貫いた。なるほどな、雇い主の情報は口止めされているってわけか。あえて止血しておいたが、そっちがその気なら俺も乗ってやろう。俺はダリアの右手に巻かれた包帯を外して、傷口をえぐるように触っていく。


 グチャグチュグチャグチュ


「あっああああやめろ、やめろ!」


「雇い主は誰だ?」


「やめろ! やめろあああああああ」


「もう一度聞く、雇い主は?」


「やめあああああああ言うから離せああ」


 言う通りに手を離すと、ダリアは荒い呼吸をしながらも口を開いた。


「ラーズ・フェイスだ!」


 ダリアの雇い主の名前はラーズ・フェイス、というらしい。もちろん聞いたことなんてない名前だ。ダリアは小刻みに震えながら、ラーズという男について語り始めた。


「彼に命令された、ある子供を誘拐しろと。そうすれば、金が手に入るとも言われた」


 薄暗い森小屋の中で、ダリアは汗をかき震えながらも計画について話し始める。心拍数はゆっくりと落ち着いていくのが分かった、これは安堵からなのか、もう少しすれば解放されると勝手に思っているのか。俺はダリアの手に包帯を巻きながら、話を聞くことにした。


「子供には将来性がある、だから誘拐する計画を立てた。夜、皆が寝静まった頃、家に侵入して子供をかっさらう。気づけば親を気絶させる、後で脅しの材料に使えるからな」


 とても胸糞悪い内容だったが、怒りをぐっとこらえ、ダリアの話を聞く。


「なんたってここは治安が悪いんだ、子供が誘拐されるのも治安の悪い都市に住んでいるお前らが悪い。それなら、治安の良い場所に引っ越せばいい」


 とても、無自覚な加害者らしい発想だ。おぞましい、同じ人間とは思えない。思いたくないもない。そして、もっと最悪なのは、ウォーリアーズがこの件に関わっている可能性が少なからずあるということ。前に子供を誘拐していた奴らは、俺のことを襲った奴らだった。


 俺のことを襲った奴らは、帳簿をビリビリに破いた。そう、金目のものを盗むだけならまだしも、証拠品を完全に消したのだ。となると、ウォーリアーズが証拠品を隠滅するために、あのゴロツキを雇ったに違いない。


 いや、俺のことを殺すためにゴロツキを雇っただけで、この子供の誘拐には関わってないかもな。ゴロツキは、何にも所属していない。ただの無職の荒くれ者だ。俺を殺すためにゴロツキを雇い、それとは別件で、ラーズが子供の誘拐のためにゴロツキを雇った可能性がある。


「……お前、まさかミイラ男か?」


 ダリアは急に、強い口調で聞いてきた。


「ミイラ男?」


「……そうだ、やっぱりミイラ男じゃねぇか。よくも、よくもアイツらを!」


 ダリアは声を荒らげ、包帯を巻く俺の手を振り払った。もしや、ミイラ男とは俺のことか。確かに、前の子供を誘拐していた奴らにそう呼ばれていた。あの時は顔に包帯を巻いていたから、本当にミイラだったな。それにしてもミイラ男なんて、ダサい名前だ。


「……ああ、そうだ」


「クソ野郎、よくも仲間を!」


「子供を誘拐したお前らが悪い、そうだろ?」


 そう言われると、ダリアは急に黙った。事実を言われて、何も言い返せなくなったか。同時に、外では雨がポツポツと降り始めた。ジメジメとしたこの環境が、より湿気臭くなるな。


「ダリア、お前のことは生かしてやる。代わりに、ラーズにこう伝えろ。『ミイラ男が、お前のことを狙っている』とな」


 そう伝えると、ダリアはまた小刻みに震え始めた。雨が降っているから寒いのか、それにしては心拍数もどんどん上がっていく。死が近づいたのか、いや、殺さないようにはしたはずだ。


「……狙っているだと?」


 奴は突然、縄をぶち破り、怪我した足で俺のことを蹴り飛ばした。狭い森小屋の中で、俺は扉に叩きつけられた。くそ、まだこんな体力が残っていたとはな。ドアノブに掴まりながら立ち上がると、奴は奪ったナイフを構えていた。


「ナイフを置け」


「そうだ、俺は死ぬべき存在だ」


「ナイフを捨てろ、早く」


「俺は禁忌を犯した、生きてはいけない」


 ザクッ


 そうして奴は自身の喉に、ナイフを深く突き刺した。即死だった。


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