第5話 エコロケーション

----------


「悪いな……金に困っているんだ……」


 うわっ!


 謎の男の声によって、俺は飛び起きた。どうやら俺は不吉な夢を見ていたらしい。目は見えないくせに、夢では鮮明に情景が描かれていた。謎の男達によって俺は殴られ蹴られ、暴行を受けていた。大切な物を持っていた俺はそれを奪われて、さっきの言葉を耳元で囁かれた瞬間に、目が覚めた。


 視力を失ったというのは、悪い現実だった。夢なんかじゃなかった。目を触ろうとするも、そこには包帯が巻かれてある。傷のない目に包帯なんて巻かない、診療所の人に拾われ放り投げられたのも、ここで老人に救ってもらったのも現実なんだ。となると、老人は今買い出しに行っているのか。


 フォークを掴む練習でもしようと、ベッドから起き上がったその時、いつもとは異なった感覚が俺の足に伝わってきた。


 木で作られた床、カーテンを閉めたから太陽の光が入ってこず、普段よりは冷えている。でも、それだけじゃない。微かに地面が震えているのが分かる。ジジジ……と音が鳴っているのも分かる。こんな細かい音なんて、今まで聞こえなかった。


 コップに水を注ぐ時も、また不思議な感覚が全身に伝わってきた。水の勢いがコップを通じて手のひらに、そこからどれくらいの勢いで水が出ているのか、何となく見えるようになってきた。実際は何も見えないというのに、コップの形や水の勢い、また近くにあるフォークの位置までもが把握できるようになっていた。


 これは、討伐者訓練所で聞いたことがある……エコロケーションというものか。目を切られたモンスターは目を失っても、聴力や触覚を駆使して脅威となる討伐者を殺そうとする、だから最後まで気を抜くな……と。実際にオークとかいう、昔は上級モンスターだった奴と戦ったことがあるが、その時目を切っても、奴は俺めがけて突進してきた。


 目が見えないはずなのに、木の影に移動した俺を狙って。当時はもう既にウォーリアーズを結成していて、クロガの剣さばきによって助けられた。クロガが居なかったら、木の破片が心臓に突き刺さって死んでいたかも。そのエコロケーションは、人間でも訓練すれば使えると聞いたが……俺は訓練なんてしていない。


 しかも視力を失ったのは、たった数日前のこと。こんな短時間でエコロケーションを習得できるものなのか。分からないが、楽しい。指を鳴らした時に発する音は、壁にぶつかると消える。そこから、壁との距離を推測できる。試しに、走ってみよう。指を鳴らして、椅子の位置を特定し、椅子を向こうに持っていく。


 障害物を無くして、指を鳴らし、壁との距離を調べる。大体10mくらいか。そこから思いっきり、壁に向かって走る。ぶつかって怪我してもいい、思い切りも大事だ。慎重に試すよりも、豪快に試す方が良いって、訓練所の先生に教わった。老人の彼には「あまり怪我するなよ」と伝えられた。これくらいなら大丈夫だ。


「俺ならできる」


 そう意気込んで、思いっきり走る。ぶつかっても大丈夫だ、その勢いで、さっき調べた位置まで走ると……いけた。壁にぶつかることも無く、また壁の位置もさっき調べたのと同じだった。指を鳴らしてその反響で調べる方法、間違ってないな。というか、足踏みの音だけでも調べられる。指を鳴らす必要もない、ただ歩くだけで、棚に入っている皿の位置も分かるようになっていた。


 ドシドシ


 試しに、指を鳴らさずに足踏みだけで、周りの物体の形や位置を特定しながら、皿を取ることにした。ぬかるみとか、地面が柔らかい場所だと通用しないかもしれないが、少なくとも普通の家なら、ただ歩くだけで位置が分かる。そこにさっき俺が退かした椅子があるのも、そこに昨日使ったスプーンが乾いて置いてあるのも、全て分かる。


 カチャカチャ


 棚の前に立ち、扉を開けて皿を手に取り、皿の絵柄を読み取る。何色でどんな模様が描かれているのかはまでは分からないが、模様が浮き出ているパターンの皿は分かる。朝日が描かれているんだな、相変わらず色は分からないけど。皿をしまって、俺は外に出た。今度は、土だ。


 グシャグシャ


 土のように地面が柔らかくても、何なら足音を立てないように歩いても、俺は空間を認識できるようになっていた。どこに木が生えていて、どこに果物が実っているかも、またその果物に毒があるのかどうかも、直感で分かるようになっていた。もはやエコロケーションとかじゃない、聴覚だけでなく、触覚や嗅覚といった視覚以外の感覚が覚醒していた。


 ブンブン


 俺の3m先に小さな虫が飛んでいるのも、ここから東100mに森が広がっているのも、数キロ先に都市があるのも、目が見えなくとも感覚だけで分かるようになった。それだけじゃない、身体能力も向上している。目が見えないはずのに、何でだ。目が見えないからこそ、社会で生き残るために発達したのか?


 そんなことはどうだっていい。


 俺は討伐者として、またモンスターと戦いたい。ウォーリアーズの一員として、都市のみんなを護りたい。でも、この体じゃ不十分だ。4人の足を引っ張ることになる。そのためにも、個人で訓練を積んでおかないと。与えられた能力を放っておくのは良くない、それなら何度怪我してもいいから、能力を更に覚醒させてやる。


----------

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る