第4話 鋭い感覚

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「……目覚めたか」


 朝、俺は全く知らない家で目覚めた。相変わらず、目は見えない。やっぱりアレは夢じゃなくて現実だったのか。どうやら、俺の近くに男性がいるようで、俺にそう話しかけてきた。声質と言葉遣いからして、老人なのだろう。外から鳥のさえずりも聞こえるし、太陽光も目に入ってくるから、朝だってことも分かる。


「……何があったか覚えているか?」


 目の前にいるであろう老人は、俺にそう問いかけてきた。何があったか、難しい質問だな。というのも俺は、何で視力を失ったのか覚えていない。ただ、何かがあって診療所の人に拾われ、そこで治療を受けたが「視力を失っている」と伝えられ、金を払えずに捨てられ、森の中で倒れた。そこら辺は覚えている。


「……目、見えないんだろう?」


「はい」


「……俺の妻もそうだった。今はもう居ないが」


 そう言って彼は、遠くへ物を取りに行った。足音が聞こえなくなっていく。なるほど、彼の奥さんもまた盲目の人なのか。しかし、俺はつい最近視力を失ったように思える。生まれつきか、そうでないかで話が変わってくる。


 無理やりでも、視力を失ったことを受け入れるとして、この先どうしていくべきなんだ、俺は。もう討伐者としては働けないな、ウォーリアーズも辞めなければいけない。それなら、まずはウォーリアーズのメンバーに話を着けとかないと。彼らも心配しているだろう。でも、ここがどこかも分からなければ、独りで外に出ることもできない。


「……喉が乾いているだろう。手を前に、コップを持たせる」


 彼の言う通りに手を前に出すと、彼はコップを手に収まるように渡してくれた。目が見えず、手の感触のみを頼りにしているからか、いつもより冷たく感じる。そして不思議なことに、手首の痛みは完全に収まっていた。診療所の先生は「手当はした」と言っていたが、それでもその時は痛かった。たった一夜でここまで治るものか。


 コップに入った水を飲み干し、彼の話に耳を傾ける。


「……俺の妻の写真だ。見えないだろうが感じ取ってくれ」


 恐らく、目の前に彼の妻の写真があるんだろう。でも、何も見えないし何も分からない。写真を触った時に発生する紙の音くらいしか、情報が無い。感じ取ってくれって……無茶すぎる。彼の妻も盲目と聞いたが、彼女はどうやって生活していたんだろう。


「……お前は森の中で倒れていた。傷を見るに、最近視力を失ったんだろう。黒目は残っているが、白目が赤くなっている。他の部位の損傷、まさかモンスターにやられたのか?」


 それは分からない。どうして視力を失ったのか、そこだけは抜け落ちている。他は何となく覚えているというのに。


「……だろうな。本来ならお前を役所に届けるべきだったが、それだとたらい回しにされ捨てられる。だから俺が引き取った」


 さっきの診療所も、金を持っていないと分かれば患者だろうと投げ捨てた。役所もそうなのか、盲目の人は厄介だから責任を負いたくないとでも言うのか。診療所は仕事だからまだしも、役所はそれなりの対応をするべきじゃないのかよ。


「……俺は妻から人助けの精神を教わった。また彼女も人助けで罪を滅ぼし、命までも落とした。だが、それでいい。お前は怯えている、だからここで少しは落としていけ」


 その日から、俺は老人の家に居候することとなった。目の見えない俺は普段通りに動くことができず、いつも彼に助けを求めていた。立って歩くこともできず、彼の腕を掴んで歩く練習をしたり、コップを持つ練習もした。手首の傷はもう治っていたから習得は早かったものの……慣れない。


 例えば食事をする時、普段ならフォークを持ち、肉を突き刺し、それを口に運ぶことで食べられた。それが当たり前の生活だった。でも、今はそう簡単にはいかない。どこかに置かれたフォークを探して持って、そこからどこかに置かれた皿の上にある肉を突き刺す。更にそれを口の位置まで持っていく必要がある。


 最初は難しく、フォークを探す段階でコップに手が触れてしまい、こぼしてしまうこともあった。しかし彼は怒らずに、最後まで見守ってくれた。彼の妻も盲目だった、だからこそ教えられることが山ほどあるんだろう。その割には口を出さず、俺が助けを求めた時だけ軽く助言をする。


「感覚を掴め、フォークはいつも同じ場所に置いてある」

「ドアは動かないだろう」

「お前は世界の中心にいる、世界を把握しろ」


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 彼と過ごし始めてから、数日が経過した。彼の家はポツンと草原の上に建っており、外部との接触を拒んでいるため、近くに家は無い。そのため、1ヶ月に1回、泊まりで買い出しに行かなければならない。俺を発見したのも、買い出しの途中で家に忘れ物を取りに帰った時だったとか。それで彼は1人で市場に向かおうとしていた、当たり前だ、俺はまだ未熟者だから。


「あまり怪我するなよ」


 そう言って彼は出かけた、バタン……と大きな音でドアを閉めて。彼は「怪我をすればするほど体に情報が叩き込まれる」と考えているため、俺が怪我しそうになっても止めることはない。そして怪我した後に手当をし「これで覚えただろ?」と聞いてくる。流石に即死に至る程の怪我はさせないが。


 ……独りとなると心細いな。


 この空間には俺しかいない。近くに村もない、僻地にある訳でもないのに、老人が訳あって外部との干渉を拒んでいるから仕方ないけど、ここでもし俺が大きな怪我をしたらどうするんだ。俺を信用しての行動か?


 とりあえず体を落ち着かせるために、俺はコップを取り出し水を注いだ。コップ1杯分の水を飲めば、嫌でも心が落ち着く。独りで緊張しているからか、いつもより水が冷たく感じる。コップのガラスは、太陽の光を反射させているからか少しだけ温かい。裸足で歩く木製の床は、太陽の光が直に入っているからか、温まっている。


 俺は物伝いに窓のそばに行き、カーテンを閉めた。太陽の光が遮られるような、温と冷の境を認識できたような気がする。さて、ここからどうしようか。独りですることなんて、何もない。本も読めないし、運動もできない。新聞も読めなければ、人と話すこともできない。フォークを掴む練習でも、独りでしてみるか?


 ベッドで横になりながら考えていたものの、何から始めてみればいいのか分からず、俺は眠りについた。


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