第3話 不思議な力

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「それで、代金は払えますか?」


 彼女が俺の目に包帯を巻いている横で、彼は目が見えない俺に対して、代金がどうとか言ってきた。それもそうか、彼らは俺の傷を手当てしてくれた。それにここは診療所、無料で傷を治してくれる程に甘い場所じゃない。高額になることも予想できる。


 手首を動かさないように荷物を取ろうとしたが、上手くいかない。それもそのはず、目が見えないのだから。耳から入ってくる情報を元に荷物を取ろうとしても、目には光しか入ってこないから、どう足掻いても取ることができない。これ、周りからはどう見えてるんだろう。空気を掴もうとしているようにしか見えないのか。


「何してるんですか」


「……多分、荷物に金が入っています。足りるか分かりませんが」


「荷物なんてありませんよ。君は何も持たずに倒れていた。そういうことだと思ってましたよ。賭け事で負けたんでしょう。ここにいる連中とは違うと思っていましたが、払う能力すらないのなら、連中以下の存在ですね。帰りなさい」


 彼は固定した俺の腕を放し、そのまま俺の体を持ち上げた。抵抗しようにも何もできない、その力すら残されていないから。俺に何があったか、それは俺でも分からない。ただ、無一文で外を歩くなんてことはない。ということは、何者かに襲われたか、どこかで金を落としたことになる。


 どうにかして誤解をとかないと……と思っている間に、俺は外に放り投げられてしまった。草のチクチクとしたトゲが俺の顔に刺さり、傷を更に広げていく。あまりの激痛に俺は叫びそうになったが、それ以上の不安と孤独感と暗黒の世界に蝕められ、声も出せなくなっていた。


 とにかく、俺は歩いてどこかへ向かった。何も見えない俺はどこに向かっているのかも分からない。頼りにできるのは聴力と、踏んづけている感覚のみ。今は草を踏んづけて歩いているから草原にいるんだな。こうやって今の位置を理解していくしかない。


 でもそれだけでは不安で、俺は無意識のうちに四つん這いになっていた。脳が感覚を求めたんだろう、草を足で踏んづけるだけじゃ不安で、手でも感触を掴もうとしたんだろう。それでも恐怖心を拭うことはできなかった。来た道を戻ろうにも、今どこにいるのか分からない。診療所に行きたくても、何も見えないから分からない。


「誰か……誰かいますか!」


 そうやって声を上げても、誰も来てくれやしない。そもそも近くに人がいるのかすら分からない。そんなに歩いてない気もするのに、診療所から遠く離れた異国の地にいるような感覚に襲われ、俺はうずくまってしまった。地面に包まれてもなお恐怖心を拭うことはできないが、下手に動いて死ぬよりはマシだと考えた。


「ははっ……はははっ」


 どうしようもない現実に剣を突きつけられた俺は、妙なことに笑いを堪えていた。それどころか、妙な笑いが口から漏れていた。何で俺は笑っているんだ、このままでは野垂れ死ぬというのに。目が見えずに、この場所がどこなのかも分からないというのに。


 草を掴む手に痛みが走り、思わず荒げた声を出しそうになったが、口から出たのは笑い声。残酷な現実に対して情けない声を出すことで、自分だけでも救われようとしているのかもしれない。脳が逃げることで、痛みを紛らわそうとしているのかも。それでも、痛みは常に感じ続けるというのに。


 頭の片隅に、開けられない箱がある。その中に何が入っているのか、またどうやって開けるのか、それは分からない。ただ、箱があるというのは認識できている。


 それは現実にある箱じゃなくて、あくまで比喩。頭の中にあるモヤモヤが離れないのに、モヤモヤの正体も分からなければ、離す方法も分からない。


 何で視力を失ったのか、何で手首を動かすと痛いのか、何で俺は見ず知らずの土地にいるのか。それら全てが理解できない。現実を受け入れようにも、手を傷つけてくる草の前では素直になれずに、ただ這いつくばって歩き回るくらいしかできない。そういうものなんだ、当たり前に存在していた物を失うって。


 その時、俺は多分、森に着いた。


 木々に囲まれた涼しげな空間は、熱を持った俺の体を冷やしてくれた。俺は木に掴まりながら辺りを探索することにした。とは言っても、森の中にはモンスターが居ることが多い。早くここから抜けないと、目を失った状態で動くのは危険だ。


「痛ッ……」


 しかし、そこで俺はとある物にぶつかった。思わず声に出してしまうほどの激痛、普通の木にぶつかったくらいじゃこんな声は出ない。もちろん、目が見えなくて怖いからというのもあるが、その目の前にある物は木みたいな普通の物じゃない。もしかして……モンスターか?


 怖くなって急いで逃げようとしたが、俺の足は動かなかった。動かしたくても動かない、恐怖に脳が支配されていた。それどころか、足はその謎の物体に向かって進んでいく。抗っても、無理やり四つん這いになって這いずっても、草を踏みつけた足は物体に向かって勝手に歩み進めている。


「何でだよ、何なんだよ」


 何歩か歩いたところで、急に足が止まった。変なモンスターに呪われたのか、と思い足をさすってみると……足元に奇妙な物体が転がっていた。手のひらに収まるくらいの、子供でも持つことのできるくらいの玉みたいな物体だ。それが何色かは分からないが、俺は無意識のうちに見とれていた。もはや手首の痛みなど感じることのないくらいに。


 景色や色は見えなくても、若干の光は見える。どうやら、俺の持っている玉は発光しているらしい。何色かは分からないが、モノクロとなった眩しい光が目に差し込んでくる。視力を失った俺の目に入る程の光を持った玉、どういう原理かは分からないが、それを持つと……それを持つと……不思議なことに……な--


 バタッ


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